未刊行詩集『空中の書』11: 古い砂

古い砂

砂上の皺に数十億の蜜蜂が群っている 独り涸いた丘陵を駈けたのは瞬時の眩惑であったのだろうか はじめのうちは黝い眼窩の底から徐々に湧き上がる妖気に怖気づいていたが、輪郭の透明な曲線が肉の色を帯びていくのを知ってからは、魂のこがれるような戦慄にいつしかうちふるえていた 鼻梁の欠落した首ははにかむような微笑を漏している 爪の間に入り込む砂粒の多くは硝子質の光沢をもっていたが、掘り進むうちに塩のように重い物質に変じてゆく 子供のころに海岸で犬の白骨をみつけた記憶が掠める たしかに爆竹を鳴らしながら走り廻った当時には、何もかもが神秘で優しかった 蜜蜂は管を伸して塩の谷間を埋めつくしている 匣の中にモザイクの縫い取りをした布がたたみ込まれていた 紫の地に黄と白の糸で縁取りし、中央にかすかな王家の紋章が刺繍されている その首は犬のものではなかった 前頭葉の巨大さを物語る額の広さが不吉な印象をもたらしている 砂に同化せずに過ごした、考えることのできぬ永遠の時よ 砂漠の齢を超えた空想の古代よ ある田園詩人はその奇跡を書きとどめる術はないと断言する、解明できない自然は言葉の矩を越えているからと いま机上に鎮座するその首は遠い謎を語っている、精神の奥深さというよりももっとも原始の底から慰安をもたらすもののごとくいまその首は流れるような声で語りかけてくる もはや寸秒の夢 夢に巣くう夜 そして彼方から押し寄せる危険 王家とは生成そのもの、破滅そのものの源をなす邪悪な波頭 蜜蜂の一匹を指でつぶしてみると黄金の砂よりも硬く冷たい液体がこぼれでる 骨の粉が崩れおちずに光っているのだ 睡りに就くことは禁じられている 死の床は星々の距離で測ることはできない、死の床は、死の床は…… 妹の寝台にあふれた胃液が妹の影のように貼りついていた 二十数年を経て話してみると、当時と変わりのない喋り方で、抱いてくれとせがまれる いま十数世紀を経ようとも、抱いて離さぬ夜は暮れない 重たい塩の地の果てよ 涙の中に原始の塩もあり儚い古代の氷もある 死の床につづく愛すべき首よ 罌粟の花びらに満たされてあれ、永劫の期待を蔵うために