未刊行詩集『空中の書』21: 砌の下に  ――澁澤龍彦氏に

砌の下に
  ――澁澤龍彦氏に

石仏の首が
際限なく転ってゆく

賽の目も数えずとも
露地裏には秘密の部屋があり
男の肩には匕首が刺さっている
硝子の汗を噴いて
心臓は鉄
だらだら坂は小糠雨に光り
銀の鰈を縫い込んだ鞄の中に
スウェーデンボルグの著作が一冊
ガス燈が闇を円形に照す

決死の闘いとは
気障な溜息
鎖骨二本が急所である
額に五寸釘が打たれると
夜々の濛気が氷解する
水晶の坏に
経血は釣り合ぬ
竜騎兵を奪うには
腕力が肝要だ

球形の棺に
百科事典が葬られると
不気味な鳥類は
アポロンの箭で串刺し
浮揚する机上に
頭脳のモデルと
博奕打の肝
精嚢に
針と文字盤が蔵われる

女の睫に血が滲む
愛撫されても孵らない
名を呼ぶと
みぎりの下に沁み込んでゆく
誰もいない公園の向うに
朽た卒塔婆を見る

境内でけたたましく喋る
絵馬の中の神々
石燈籠に残された
黒髪の一束
物怪が御辞儀する

 初出 書肆山田「誌」1977C