寄稿: 佐藤裕子「籠の中」

籠の中 佐藤裕子

鋼造りの扉を指紋だらけにした指腹の躊躇いで口唇に怪我
 明るむほど蒼褪めるシリウスへ幾つ放つ深刻な接吻
砂金採りが去った凍河でくの字に折れる夢遊病者の抜け殻
 破裂しそうな水泡を連ね清流を築けばふと湧く朽縄
平らかな地の果て海は雪崩れ紙細工の親水性で解れる帷子
 落下が剥ぎ取る藻屑を追わず水影に留まる木霊幽か
待ち伏せられたように倒れ石切り場の裂傷へ沈む陽炎の背
 薔薇色に翳る陸地では全ての矢が一つを射る鍵言葉
真白い丘が俯角に張った冷気の糸に囚われて直立したまま
 カプセルの火は記号で出土するフローズンフラワー
囀りの主を探す窓瞬くほど数を増す真夜の星の眼のない魚
 些細な憐憫読心術から身を護る強迫観念は危い両刃
ただ飛翔の為に砂上に降り砂になるポーチへ降り積む黄砂
 開けたドアは直ぐ様封印希望を見ず憧憬に覗かれた
何枚も脱ぐ仮衣現身は理由なく唇を噛み又光年を飛ぶ魑魅

(2016.8.4)