寄稿: 佐藤裕子「空白」

空白 佐藤裕子

無人の通りの一日を午後三時で終いにする疲れ切った太陽
 後ろは前を忘れず定時の飛行機を報せる電線トリル
少し気を取られると全く知らない貌が出来上がる鏡を覗く
 薄墨に浮き出る尾が長い猫は腹這いで地熱を蓄える
濡れもせず乾きもせずいつもそうしていたのか誰かが屈む
 擦りガラス越しに映る細面早い日暮れに予兆はなく
迎える見送る表情は推し量れず鎖を掛けた戸口に佇む妊婦
 腹帯の下で臍が開く嬰児はいつ何処からやって来る
深く浅く腰を下ろし正面を向く二人が居る縁の欠けた階段
 櫛目が見えるはずもないのに整髪後だとわかる頭部
売家の札を背後に立ち尽くす人の鞄は集会の案内で膨らむ
 暗い手許で固まった上体庭仕事は始めると際限なく
砂色の塀に寄り掛かる散歩者の手編みベストはフエルト状
 夕刊はまだ来ない郵便配達はもう来ない夜寒い新月
ゆるゆるとコンニチハは誰とも関れない文字を書いた紙屑

(2016.11.15)