寄稿: 佐藤裕子「桜」

桜 佐藤裕子

赤茶けた泥濘を突き生えて来る椅子には叔母が掛けていた
 駄目その本はシャルル・ボードレールはいけないわ
灯りも点けない屋根裏の欧羅巴の夕闇に姿を置く香水石鹸
 何が悪いのか知らないまま詩集は何冊も泥に沈んだ
黴だらけトランクの鍵を壊して遺品を手渡したのも同じ掌
 箪笥の木はコンクリートを割り伸びる恥じらいの背
早口の唱え言願い事食堂の梁に吊ったブランコを追う碧眼
 青いもの古いもの新しいもの幸福な人から借りた品
溜息を零す音もなく長椅子に叔母が座っている灯明の仏間
 寒い季節船便で届いたヴェールを脱ぎ切り抜く桜花
七つの海を航海中暇に任せた娘達が巧を競い織り込んだ柄
 あと二十だけ時間まで迎えが来たら待たせておくわ
花嫁衣裳の裾から膝へ嵩を増す砂胸まで顎まで呑み込む砂
 長手袋を嵌めても細い指が白砂を仕舞い掻き消えた
満開の桜で祝う為空部屋の障子に幾つも幾つも穴を開けた

(2017.3.25)