連載【第033回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: spinning sea 1

 spinning sea 1
 わたしがその兆候に気づいたのは、東南アジアの古い都市の旅から帰り着いてすぐのことだった。眠りから目覚めると、後頭部に何かしらの違和感を感じたのだ。簡単な打撲だと思ったのだけれど、嫌な気がしたのも確かだった。内部に向かった棘、触るとぐにゃりとしていて。
――わたしが肉体のゆらめきなのか、意識のゆらめきなのか。そのどちらでもいいし、そのどちらでもないのかもしれないわ。
 棘ということばから、わたしはとある大腸ガンの顕微鏡映像を思い描くのだが、頭部の細胞はなおもわたしを深く攻撃する。

 あなたからの国際電話の数日後にクリニックに行き、何軒かの病院を回り、大学病院の脳外科で腫瘍があることが判明した。
――たしかに細胞は、細胞膜という皮膜とその内側の物質で作られた肉体の基本単位なのかもしれない。けれどもその内部は物質ではなく幻想という内容物なのかもしれないのよ。
 わたしのこの女性的な感覚とは異なって、あなたは肉体を単に生命装置の発現だと考えているのね。生命の実現つまり細胞レベルでの分裂・増殖の正のベクトル、そして生命活動の抑制という負のベクトルを持つ調整装置だと。

 半信半疑だったのだけれど、硬膜への浸潤があったので言われるままに開頭手術を受けた結果、悪性のものだとの診断が出た。硬膜から脳内に浸潤が進むととても危険だともいわれて。
――わたしにはわかるの。この悪性腫瘍はすべての細胞と同じ出自と履歴を持っているけれど、定かではない原因でその幻想の根幹部分、遺伝子配列に損傷を負った形跡があるのよ。
 あなたは繰り返す。生命活動とはこの正‐負の機能を同時に支えることに他ならないと。

 頭部の皮膚縫合部はチタンプレートで閉鎖し、浸潤部分は人工硬膜(ゴアテックス)で転移をブロックし、目が覚めると痛みはすでになくなっているといわれていた。(つづく)