連載【第061回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare II: 〈stigma〉

 nightmare II

 〈stigma〉
 私は、不定形なビル群の個々の壁面ディスプレイに表示される巨大な顔たちが、ただひとりの、無彩色の暗黒の布を巻きつけた女を監視しているのに気づいていた。しかし、単つ眼の海鼠のような女は、痛めつけられた腔腸類が、黒い皮の内部でシェークされて分解されるように、ぐにゃぐにゃと形を変え、さらに外皮さえ溶け出して、ついには細胞それぞれに存在する核が無数の眼となって、巨大広告の幻影たちの全体と細部を監視する。
 私も、以前、近所の悪漢たちを監視していたことがあった。古い一本道の真ん中のあたりに、そのころ住んでいた仕舞屋(しもたや)がある。長いこと独りで静かに暮らしていたのだが、このとき妙なことが続けて起こっていた。
 その貸家の入口に毒殺された猫が放擲されていたのだ。そして翌日には、玄関の引き戸から刃物で裂かれた猫の手足が放り込まれていた。問題なのは、それから三日後の真夜中に、数台のバイクが家の前で急停車し、複数の人物のドタドタという足音がしたかと思うと、乱暴にガタガタと玄関をこじ開け、すぐに爆音を発してバイクが一本道を奥へと通り抜けていったことだ。
 私は襲撃されると思ったので、物陰から玄関の様子を窺っていた。悪漢たちが去った後には、鴨居にぶら下がってゆらゆら揺れるものが残されていた。灯油で濡れた頭が縦に割られ、裂けた脳味噌から光る液体を垂らして、ぶら下げられた猫が揺れているのだ。土間にこぼれた油には弱々しい火がつけられ、その炎が揺らめいていた。
 道外れのバイク店の兄弟が、当時、他所者の私に目をつけていた。家の前を通りざまに、卑猥なことを口走ったり、ブツブツと悪口を言い捨てていた。私は、あの兄弟がいよいよ攻撃を始めたのだと思った。

 私は護身用にナイフを用意した。それを察知したのか、すぐに毒薬が部屋の中に撒かれた。彼らが侵入して、白い粉を部屋の隅々に撒いたに違いない。私はナイフや包丁を数本、腰に括りつけ、バイク店に出向き、抗議をした。相手は獰猛な兄弟だ、私は刃物を振り回した。
 その兄弟は二人してこの地方の暴走族に属していた。私がふらふら暮らしていて、わけの分からないことをあちこちで吹聴していたためなのだろうか。兄の方は、あいつは国賊だといい、弟の方は、いかれた汚いメス犬だといっていたようだ。私を女だと思い違いしていたのかもしれない。彼らは油にまみれた泥だらけの手で、女の私を蹂躙し、床下の穴に埋めてしまうことを計画していたに違いない。二人の男たちがひそひそ相談する声が固まりとなって、私の耳元に届いていたのだ。
 半狂乱になっていた私は警官隊に包囲され、何人もの男たちに乱暴に取り押さえられた。そして、明け方近くには精神病院に送致されていた。統合失調症で保護したのだと医師から言われ、妄想構築があると強圧的に断定され、渋々肯定したのだが、そのことは心の底に氷のようにしまっておくことにした。いつか復讐するのだという怒りとともに。(悪夢II〈スティグマ〉)