連載【第064回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare II: 〈negative symptom〉1

 nightmare II

 〈negative symptom〉1
 何日も何日も寝てばかりいる。私はまるで植物だ。ここからはどこにも出られない。頬がこけ、青白い顔にどんよりした眼球が落ち込んでしまって。それでも、ただ動かないでいるのが、穏やかな暮らしなのかもしれない。多少の感情の起伏は生ずる。バイタルサインは平板化していき、思考の力が衰退しても気にならないほどには。
 しかし、植物でさえ、虫類や風の流れに花粉や種子を運ばせ、根を伸ばして地中から栄養素を摂取する。自発的に活動しているのだ。植物に神経線維の代替機構があり、自己と他者を区別し、他者へ働きかける能力があるとすれば、私は半死体だ。気力も意欲も失せた亡霊にすぎない。
 私は死人の嗅覚で窓枠の位置を探った。糸月(繊月)の青い匂いがこの部屋に侵入してくる。匂いの糸が撚られて首吊りの輪を作る。さすがに、ここにいては本物の死体になりかねない。裸の肩がガクガクと震え、全身が瘧のように高熱に包まれていく。ここから脱出しなければ、床石に貼り付いた死んだ影だけになってしまうのだ。私は条虫のように平たい体をくねらせて、壁を這い回った。パイプを探していたのだ。石室に隠された空気抜きの穴を見つけようと。線虫の細い体になってここから出ていくのだ。魂を捨てようとも。

 巨大空間ディスプレイは、窃視カメラを通じて、都市の裏側を映し出していた。
 いかにふしだらで、能無しの女であるか、空洞だけであるとか、裸になる順番を間違っていたり、歪んだ体であったりを。その中を他人の考えが忍び込んでくる。どう振る舞うべきか分からなくなる。
 抑圧と反抗、テロルという世界の裏表。危険な路地の爆発物。威嚇する銃声、ミサイルの飛翔音。戦争が始まっている。殺戮者のための歴史教科書が書き継がれていく。
 兵器は増加する、増大する、高度化する。化学兵器から核兵器の数々、機動戦闘車、戦車、ミサイル、戦闘機部隊、空母を中心にした艦隊と重爆撃機。敵と味方の入り乱れた軍需産業、武器商人の経済活動が死体を量産する。
 抑圧された人々の民族大移動。死者も、難民も、孤児も、川で溺れ、海で溺れ、爆撃と処刑。自由も、生命も、愛すらも汚される。悪魔の価値だけが暴騰する。暴騰するのだ、人民はただの貨幣価値として。土地を強奪され、打ちのめされ、増殖する裸足の人々、放浪する人類。(つづく)