連載【第068回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈magnetic material〉2

 nightmare III

 〈magnetic material〉2
 あやうい吹き溜まりのような商圏を抜けて周りを見ると、その辺りは丘の中腹で、古い小型店舗や建物が密集し、さらに進むと昔ながらの下町を抜けて、塀のある高級住宅街が現れる。そこに至るまでに、細い路地や方向の定まらない曲がり角を何遍も通ってきていた。次第に、私は電柱やブロック塀に貼り付けてある住所表示が、よくわからなくなっている。
 少し離れた後ろから、なにやら複数の黒い人影がついてきていた。嫌な気がしたので、電柱の影に隠れ、やり過ごすことにした。そのため、私は犬から猫の仮の姿になったようだ。自分が何であるかの認識が混乱し始めている。
 記憶していた道順が曖昧になっていたせいもあるが、当てにしていた曲がり角になかなか到達しない。高い塀が延々と続く広い邸宅が道路を挟んで隣り合っている豪邸街なのだ。塀の上に跳び上がると、塀づたいに歩くことにした。そのせいで、いつのまにか距離感覚に混乱が生じていた。静かな佇まいの屋敷の門前には鬱蒼と茂る古木があったり、外国の公館や庭園のある美術館や能楽堂などを見かけることもあった。しかし、何度か見かけたことのある建築物なのに、古い記憶にあるどこか別の建物と重なって、どうしても思い出すことができない。別の時間と言い換えてもいい。そうしているうちに、自分のいる場所、歩いている道が、見たことのないところに思えてくるのだ。記憶障害とか脳梗塞、アルツハイマーに突然襲われたかのような違和感と、そこにぽっかり空いた景色のような。

 私はさまよう。そして、迷い込む。掉尾を飾ることのないドラマツルギー。迷うことに結論はない。迷うという自分は受け入れられないということだ。私はさまよっているから、ここに足を踏み入れたのだ。無数の細胞のように仕切られた奥津城に。
 偽名を交え転々として痕跡を隠し、秘密警察の追尾を警戒しながら、その小さな家の小さな入口を見つけた。辺りは、中心部から少し離れた丘の頂上にある住宅街だ。その中に、古民家を改造した美術館がひっそりと建てられている。そこに異端の名品が蒐められていることなど、気づく者など誰もいない。
 殺風景に見える庭には、すぐ二階に通じる階段があり、鉄柵をガイドに上ると、覗き窓のある小さな扉が隠れている。そして、取り付けてあるカウベルを使うと、白い顔をした女が出てくる。
 そのような手順で、私は蟻の巣のような屋敷に入ったのである。なぜ蟻の巣か、なぜ屋敷なのか。それは、そこが地下世界への入口だったからでもある。自分が蟻でもあるから。(悪夢 III〈磁性体〉)