連載【第071回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈ant’s nest〉

 nightmare III

 〈ant’s nest〉
 蟻の巣の屋敷から、私は目隠しと猿轡をされて、どこかの病院に連れて来られた。箱詰めにされて、黒塗りの霊柩車のような車に乗せられ、そこは古い運河べりの公立の総合病院であるようだった。病院自体は新しく建て替えられた近代的な建物だが、空気全体が古く厳めしく、どんよりと濁っていた。
 病室のベッド上の寝具は片付けられ、硬いマットだけが広げられていた。その上に、丸っこい物体がごろっと転がっていた。つやつやした肌色のそれは、ほんものの肉の足指が足からごろっと離れたものだった。そして、隣のベッドに寝ているのは私の母親で、そのリウマチの足先には指が外れて抉れた痕があった。母親は、二十数年前に死んでいるというのに、人形とも思われない生きている肉体。だが、手前のベッドには痩せた赤ん坊の死体がある。黄色い体液を吐いて、数十年前に病死した妹の赤ん坊の姿だ。年老いた母のばらばらになった足指の傍に、いつのまにか裸の赤ん坊の丸々とした死体が横たわっている。私はまだ母親に抱かれて、悪夢を見続けたいと願っているのか。
 私はその部屋の隅にあるバスタブに押し込まれる。隣室の広い会議室では、病院を経営していたカルトの秘密集会が開かれている。病室と繋がっている扉を開くと大講堂になっており、演台を中心に放射状に広がる階段と机、多数の職員たちの様子が窺える。なにやら人体実験とか儀式についての講義がなされているようだった。
 私は収容所から逃亡するために、病院の高層にあるガラス張りのホールから、運河に向けて飛び降りることを考え続けていた。(悪夢 III〈蟻の巣〉)