デリュージョン・ストリート 16 窗櫺譜そうれいふ  視線の造型――物質創造のドラマ

 そのような意味で、バイエルン博物館のアダムとイヴの彫刻を素材にした作品は周到である。ここではショーケースに映る作家の背後の窓を通した外景と、その窓に映る彫刻を、ショーケースの前と後ろの硝子に映すという演出者の精密な計算によって、まるで合せ鏡から語りかけてくる悪魔の誘惑の声のように、異様な世界を垣間見させている。このような入れ子構造の波動し、躍動し、それゆえに一層複雑な運動は、まさしく物質の創造の舞台であり、思想と技術との一致という古代からの夢を造型し、濃密な時間を充電しようという、凄じい意志の形である。物質はこのように時間を注がれ、ダイヤモンドが内部から発光するような至福の状態に至り、燦然として生命を帯び、自ら思考し、自ら舞台を疾り抜ける。その意味で、あのマンディアルグの眩惑を抱きながら、この作品集では蠱惑的なスペクタクルが展開されているのだ。ヨーロッパの老衰寸前の文化を単なる添景にし、?谷俊美自身をも演出家として遠景に留めさせることによって辛じて成り立つ、カメラの中に渾然と溶け入り、その頭脳と化した視線が唯一の主人公となった物質創造の巨大なドラマが、私たちの作品を見るという構造をも攪乱しようとしているのである。

(?谷俊美第六写真集『窗櫺譜』跋文/1979年1月刊)