【登録 2003/10/13】  
紙田治一 遺稿[ 八路軍の軍医時代 ]


智恵子との出逢い


4  (「或る日本兵の思想改造」)


 さて、劇のストーリーは(吉原民幹の身の上話のヒントからのフィクション)――。

 日本帝国主義教育で凝り固まった主演者(日本兵A)(私)が北支戦線で駐屯中の部隊が、八路軍の夜間襲撃を受け全滅する。幸か不幸か重傷を負って意識不明となり、八路軍の衛生兵に助けられ、病院のベッドの上で気がつく。目を明けて見回すと中国人と日本人の患者もいる。
「ここは何処だ、俺はどうしたのだ、捕虜になったのか」
 と叫ぶ。
同室の患者は、中国人B「プヨウジン、プヨウハイパー」
中C「パーロージュン、フゥリョーデー、プサーアー」
日本人D「心配はない、殺されないよ、大変親切だよ」
日E「捕虜は逆に優待されるよ」
 と。
私A「軍人は虜囚の辱めを受けては、おめおめ生きて居れない」
 と、治療も食べ物も拒否して暴れる。患者B、C、D、Eが押さえる。ますます狂暴になって暴れる。そこへ岡野進(野坂参三)Fが入ってる来る。
 彼Fは、
「貴方は重傷なのです、静かに休んで下さい。捕虜はけっして不名誉ではありません。国際条約でも捕虜の虐待は禁止しています。この本でも読んでみませんか」
 と一冊の本を枕辺に置いて静かに立ち去る。私Aは本を開いて見る、中身を見て、
「なんだ、赤の本か」
 と言って、その本を投げ捨てる。傍らの日本患者Eはそれを拾い上げ、声を出して読みだす。
「帝国主義とは、資本主義の軍国主義化で、他国を武力を持って侵略戦争を行い、他民族を征服して、利潤を追及するものである」
 と、私Aは、
「大日本帝国は違う、日本人が万世一系の天皇陛下を戴き、アジアの民の幸福、否世界の民に幸福をとの、八紘一宇の大御心からの正義の戦い、聖戦だ」
 と反論し、叫ぶ。
 次の場面では中国人の看護婦(女の護士)Gが優しく包帯を巻き直してくれている。私は大分素直になって静かに包帯を巻き直させている。看護婦Gは、
「私は日本鬼子(日本兵のこと)に父母、兄、姉を殺された。姉は強姦されて殺された。それに抵抗した父母や兄は刀で斬られた。私は八路軍に参加していたので戦っていた。家族を殺された恨みは激しく持っています。しかし学習していたので人民の世界は連帯性がある。日本兵も資本主義帝国主義に胡麻化されて鬼子になっているのだと判って、貴方達を一生懸命に看護しています」
 と言う。私Aは考え込んでいたが、やがて本を手に取って読み始める。
「あっ、判った。俺は今まで騙されていたんだ。敵兵を殺すことが手柄で、天皇や国家に忠義で家門の名誉だと信じていた。そうだ人民同士は戦うことはないのだ。ただ資本家に儲けさせていたのか」
「済まなかった。俺が悪かった」
 と彼女Gに頭を下げる。A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、全員舞台に現れ手を取り合ってAを祝福する。

 最後の場面はAが現在の病院の民族幹事として勤務している風景で、舞台裏方も出てきて歌を唄ったり、踊ったりのハッピーエンドで幕。ナレーションは王作民顧問が流暢な、もちろん中国語で判りやすくやってくれた。大向こうは受けた、大拍手喝采であった。おまけに吉原民幹は観衆から見つめられ、すっかり照れていたっけ。

(未定稿)

[作成時期]  1988.10

(C) Akira Kamita