クランケの呟き
1 心はクランケの上にあらず
クランケ(患者)の呟きをエッセイ風に綴ってみた。
アルット(医師)とクランケ、ナースとクランケ、疾患を治すため相互に信頼し一体となって、診療、養生に当たってこそ、疾患との闘いに打ち勝って、治癒に向かい、やがて全快する。
しかるに、意思の疏通を欠いて、てんでにばらばらの考えであった場合は、治る疾患も治らないばかりか快くもならない。相互に不信感を抱いておればなおさらである。
アルットやナースの指示を無視してさっぱり守らないクランケ。安静と指示されても、動き廻る。離床して運動しなさいと指示されても、ベッドに寝たまま運動しないクランケ。また無断飲酒、無断外出や外泊するクランケ。称してタクランケ(北海道弁で「ばかもの」)というが。
しかしクランケより見れば、なんと不親切な病院やアルットやナースの多いこと。
まずアルットはクランケに対して、診てやっているんだという態度や言葉、医学用語(クランケにわからない)をやたらに使う。クランケが話したり、質問しても、素人に何がわかるんだとつっぱねるアルット。
ナースの中には、態度や言葉に一片の親切さもなくて、クランケを目下と勘違いして蔑んでいるやつ(ナイチンゲールの博愛精神の欠片も持合わせていない)も結構多いものだ。
だが大半は良いナースのはず。クランケとして採点すれば、N病院のFナース、A病院のMナースは「+100点」だが、N病院のTナースは「−100点」ということがある。
最近、ナースの博愛精神も変化しつつあり、その質も低下している。
30年前に、労働争議で「ナイチンゲール」をもじって「無い賃ガ−ル」と書いたプラカードを持ったナース(白衣の天使)がデモ行進したときから、博愛精神と質の低下が始まった。
大学進学に落ちて辷り止めに看護学校に入った連中、勤務時間の短縮と賃金アップばかり要求する、こんなのがナースになったら大変。クランケに対しての看護に少しの愛情もないばかりか、上司(婦長、アルット、院長)の前ではさも一生懸命に看護していますとばかり見せ、目の届かないところでは(クランケの目は無視して)チャランポラン、表裏の豹変はひどいもんだ。
クランケがナースに何か頼むと、
「後で、アトデー」
と返事されたら、まず頼み事は無視されるか、とんでもなく遅くなって、
「忙しかったので、遅くなってごめんね」
と、実際忙しかったのなら仕方がないが、ほとんど仲間同士で雑談をしていて忘れることが大半であるのに……。
今か今かと待っているクランケのことなどをすっかり忘れてしまっている。その心はクランケの上にあらずとはこのことなり。
(未定稿)
[作成時期]
1989.1.11