【登録 2003/08/30】  
紙田治一 遺稿[ ある医師のストーマ闘病記 ]


私の病歴 5


4)栄養と消化の問題は生死に関わる重要ことなので、私も真剣に取り組んだ。
 特に糖尿病である私にとって、栄養の摂り方は、他人より一段と苦労した。比較的消化の良い、糖質(炭水化物)−低残渣食−を制限して、蛋白質、脂肪、ビタミン、ミネラルなどを摂取して、栄養の吸収を計り、体力の補強をして、リハビリテーションに励むことはなかなか至難のことであった。体重も48kgにまでなっていた、60kgくらいの体重と体力が欲しかったが、どんなに食べてもストーマを閉鎖する前は58kgに達するのは容易でない、体力もつかない。それで蛋白質(鶏肉、牛乳など)を重点的に食べるように、毎日心がけた。家族(私の長男や長男の妻、他の子供達)が大変心配して、いろいろ考え工夫をしてくれた。病院の給食は食べられず、吸収も悪く、栄養不足をきたし、加えて消化においても、ストーマを持つ者としては下痢を引き起こす食物を避け、除くため、体力の増強どころか、低下する状態であった。
 長男夫婦は始終いろいろ買ってくれたばかりか、弁当まで作って、運んで貰った。お陰で徐々に体力がつき、体重も10カ月間で10kg増加した。しかし、その間には一般の不消化物はもちろん、普段は考えてもみなかった食物も下痢の原因となって、油断や隙を見ていたように、激しく、頻繁、持続的な下痢を起こすのであった。下痢がいったん起こると、その凄まじさは言語に絶する。ストーマから噴出されるさまは、大噴火の様相を呈して、流れ出る早さにもスピードがあって、慌てて押えても、とっても間に合わない、あっという間に腹部は大洪水、否、大糞水に見舞われた。テイッシュやトイレットペーパーがいくらあっても間に合わない、衣類もスッカリ便浸しだった。おまけに回数も多くなり、まだ栄養を吸収のしていない腸内容物までお供に従えて、ワッサワッサと出て来る。それでそれまでせっかく摂った栄養分はパーだ。
 糸こんにゃく様にはひどい目に逢わされた。すき焼き様のお菜に入っていて、お美味しく戴いたまでは良かったが、翌日から下痢開始、お決まりのパターンで始まった。出るわ、出るわ、連日続いてとうとう1週間続いた。ゲッソリ、ガックリ、栄養、体力の喪失だ。体重は6kg激減、54kgが体重最低限の48kgに逆戻り、こんなことの繰り返しだった。
 あまり、辛く、悲しく、阿呆らしくなって、自暴自棄の気持になって、こんな歌を口ずさんだものだった……ワッサ、ワッサ……ワッサ、ホィサッサ、糸こんにゃくのお殿様、ホイサッサ、お供を揃えて、従えて、行列何時まで続くやら、トコヤットコ、ドッコイ、ホイサッサ、ホーイ、ホイホイ、ホイサッサー……と。阿呆らしいが。
 パックに出て来る糞便は、毎回良く調べた。下痢の原因、消化状態、吸収状態、残渣の形態などを観察した。私も医者だ……汚いなどといっていられない。熱心に調べた、毎回が新発見だった。こんなにまでストーマは吸収の悪いものであったかと、初めてわかった。
 一番、恐れたのは下痢、脱水、栄養不足−失調、衰弱に陥ってしまい、余病の併発、感染による生命の危険に曝されていたことだった。
 一喜一憂、元気朗らかになったと思えば、ガックリ、ペシャン、活力喪失、無気力、失意の繰り返しだった。低残渣食の一つであり、栄養価の比較的高いカロリーメイトは、栄養補給に大変役立ってくれた。吸収も大変良好な食品だ。入院していると、ストーマ食のない今日、やむえぬ自衛手段かもしれない。

5)ストーマは勝手な行動をとる。
 自分の腹にありながら、自分の意志、命令に不服従である。ストーマは勝手に便を出したり、ガスを噴出したり、足りないと粘膜までもひっくり返して押し出して来る。便が硬くなると、出づらくなるだけじゃないんだ、ガスの連発、腹圧、腸内圧で粘膜を翻転させて、脱肛症状を起こす。パックは剥がれる、腸は腹壁に飛び出してブラ下がり、途端に動けなくなって、ニッチもサッチも行かなくなってしまう。素早く還納しないとネクローゼ(血行障害)を起こして大ごとになってしまう。糞便が硬くて(便秘)も、腸内発酵ガスが溜まってもパックの剥がれる場合がある。もちろん脱肛を起こす。
 激しい腹痛を伴った脱肛には散々悩まされた。しまいには脱肛ノイローゼになってしまった。夜間眠っていても、手がストーマ・パックの所に行っている。これから出掛けようというときは、必ずパックの点検をして、異常の有無を確かめて、張り替えて出掛けるようにした。脱肛するとよく出血した。還納は外科医である私にとっては簡単なことであったが、一般のクランケだったら大変なことだと思った。
 腹に力の入るリハビリテーションの必要な私の場合、相反するために、しばしばリハビリテーション中に、糞便の排出や、脱肛のためストーマ・ストップがかかった。機能の回復はグーンと遅れた。咳をしても、大声を出しても、ベッドで急に身体を起こした時、坐っていて急に立った時などは、大半脱肛を引き起こした。閉じてしまった今だからいえるが、本当に厄介なストーマだった。腹部に力が入ったなと思ったら、すぐストーマを点検する。煩わしいが仕方ない。

6)パックの貼り替えが頻繁になれば、ストーマ周囲の皮膚炎を起こす。汗が出ても、下痢、腸粘液でもパックが剥がれ、また皮膚炎を起こす。痒いこと、痒いこと、我慢するのも大変だった。接着剤を使えば皮膚炎は悪化するし、凄く染みて痛い。パックが張れないので、トイレット・ペーパーかティッシュ・ペーパーを分厚く当てる。行動は極端に制限される。覆いに新聞紙、固定には絆創膏貼布を行なっていた。皮膚炎の治るまで。
 もちろん行動は極端に制限させられる。この期間は本当に精も根も尽き果てた(もう、二度とあんな目にあいたくない)。

(未定稿)

[作成時期]  1988

(C) Akira Kamita