【登録 2003/02/10】  
紙田治一 遺稿[ 通化事件 ]


ああ……悲劇の通化暴動事件!

四十、通化のマタ・ハリ


 柴田大尉の計画が成功するのを反乱派の人達は、拝むような気持ちで待っていた。決死の覚悟で出かけて行った前原、飯島、藤田達の身の上を考える柴田大尉の心境も複雑だった。もしも露見した場合のことを考えたのである。計画は一朝にして吹き飛んでしまうだろう。もちろん彼ら三名の生命も覚束ない。
 だが、期待していた藤田大佐とは連絡がなかなか取れなかった。前原職員達は、警戒が厳しくて、一切藤田大佐に近づくことができなかったのである。ただ、「藤田大佐がこのごろ病気がちである。しかし現在は元気である。また非常に良い待遇を受けているらしい」という程度の情報しか入らなかった。
 空しい毎日が流れた。柴田、佐藤、寺田などの抗戦派の同志達は焦燥を重ねるほかはない。
 そういうある日、司令部張軍医部長から、「衛生要員を一名派遣せよ。ただし看護婦のこと!」と言ってきた。
 今度は看護婦一人だけという注文だ。赤十字病院とはいっても、もともと野戦病院で衛生部将兵の部隊で男性ばかりの病院である。女性の看護婦などいるはずがない。
 だが女性が二人いたのだった。以前に当赤十字病院に急性肺炎で入院していた子供を失った避難民の女性患者(元将校夫人)で、その後行き先が全くないので、入院の重症患者の付き添い婦として病院内に住み込みで働いている、二名の女性がいることを思い出した。彼女達は二人とも二十八歳前後のみずみずしい奥さんで、すこぶる極め付きの美人である。その後通信隊の兵隊達と一緒に衛生看護教育を受けて、仮看護婦として診療を手伝ったりしていたので、外部からは看護婦と見えたのであろう。
 しかし男性ならともかく、彼女達を派遣することはできない。向こう側にどんな真意があるかわからないからなのだ。柴田院長は慎重にならざるをえなかった。
 返事に困っている柴田院長のところへ、部下の前田伊助見習軍医職員が若い女性の訪問客を案内してきた。年は二十五歳前後の中国服を纏った妖艶な厚化粧ながら色白で豊満な美人である。
「元ハルピン特務機関の佐々木邦子です!」と名乗った。彼女は以前から前田職員との恋愛中であると噂されていた。
 同志の寺田山助の紹介状を持っていた。院長室に入ると、彼女は真剣な表情で、「藤田大佐が病気らしいんです。初め風邪だったんですが、こじらせて今急性肺炎を併発しかけているという話ですよ」と言った。
「エッ! 急性肺炎を!」と柴田大尉は驚き聞き返した。中国服の女性、佐々木邦子はハルピンから避難してきて、そのまま通化に住みついてしまっていたが、ソ連軍に拘引されていった後藤通化特務機関長の知り合いだった。彼女自身もハルピンの特務機関に務めていたといたというだけあって、どことなく妖しくも艶かしい、不思議な影を持っている女性である。特務機関で正式の訓練を受けて、諜報方面の仕事をやっていたという噂だが、そういえばうなずける節もあった。彼女もまた反乱軍の重要な一員であった。前々から前田伊助見習軍医職員とはロマンスを噂されていた女性でもある。
「看護婦を派遣して寄越せと言ってきたでしょう?」と彼女は聞いた。
「藤田大佐付きなんですのよ、それは!」大尉はぴくりと眉を動かし、「それでわかった!」と小さく叫んだ。
 中共軍司令部張軍医部長の命令の真意が何の理由によるものであるかが、邦子の掴んできた情報で、初めてはっきりしたのである。
「よし、出そう!」誰がいいだろう? と、とっさに頭を働かせると、安田早苗、太田雅子の二人の女性の顔が浮かんだ。安田早苗は彼の母の面影に似ていた。娘時代に何か運動をしていたらしく、敏捷で勝気そうな女性であった。太田雅子は大人しくて、内気なところのある女性であった。この任務の適任者は安田早苗だととっさに考えた。小島職員に、
「小島君、安田早苗さんを呼んできてくれないか!」
 やがて安田早苗が院長室に入ってきた。柴田大尉は安田早苗と向かい合って、事情を詳しく説明して、「どうだ。行ってくれるか?」とズバリと言った。彼女は柴田大尉に前々から好意を持っていた。その恋する柴田大尉の顔を睨みつけるような目で見ていたが、「わかりました。行きます!」とはっきりした声で答えた。
「ありがとう!」思わず大尉は彼女の手を固く握り締めた。熱いものが込み上げてくるのを感じながら……。安田早苗の目も濡れていた。固い決意を潜めて……。

(未定稿)

[作成時期]  1989.04.11

(C) Akira Kamita