【登録 2003/02/11】  
紙田治一 遺稿[ 通化事件 ]


ああ……悲劇の通化暴動事件!

四十五、雪の夜の密議


 密書の内容が一同に知らされた。
「中国国民党と日本人による臨時中日連合政府を通化に組織せよ。このためかねての計画通り、中日連合して武装決起し、また中共軍内部の反乱蜂起を促進せよ!」そういう内容である。そして行動費として十万元を近藤特務工作隊長に持参させていた。また中日連合政府が成立したときの費用として一千万元の予算を用意してあると付記されていた。
 孫を議長に密議はなおも進められた。中共軍は近く国民党系の地下組織を一斉検挙する計画であることが、孫耕暁が放っているスパイから彼の許に入っている。計画の実行はそれ以前でなければならぬ。
「遅くとも年内には決行しなければならぬ!」と寺田山助が説いた。林少佐の航空隊と木村大尉の戦車隊とを陣営に引き入れたことから、彼は反乱に大きな自信を持つようになっていた。
「そうなると、それに間に合うように、藤田大佐の奪還を決行しなければならぬ!」と孫は言った。
「一日も早く奪いましょう。そして、蜂起軍の組織を確実にすることです!」そのとき佐藤弥太郎が近藤という男に質問した。
「通化に中日連合の臨時政府が樹立されたとして、将来、満洲そのものはどうなるのですか?」すると相手は明快な調子で答えた。
「これは私の意見でなく蒋介石総統の意見です。総統は東北四省の独立を考えていられる。通化の臨時政府はやがて東北政府に発展していく……!」魅惑的なこの言葉に佐藤の顔は輝いた。
 ……中日連合政府! 東北四省の独立!……日本人がこれに参画する!
 若い脱走兵の少尉はその夢に酔っていた。ありうもべくもない夢に。しかもその夢はもう一度武器を取らない限り果たされないものなのだ。

(未定稿)

[作成時期]  1989.04.11

(C) Akira Kamita