【登録 2003/02/14】  


ああ……悲劇の通化暴動事件!

五十八、狼煙は上がった


 こうして決起の時が来た。それは地獄図絵さながらの悪夢の一日であった。二月三日午前四時四十分。柴田大尉は佐山、小島の部下二名を連れて院長室から忍び出た。警備兵の目を掠めて塀を飛び越すと、這うようにしてすぐ近くの変電所へ迫って行った。
 変電所には煌々と明るく電燈が点っている。光の届かない建物の陰に隠れて、西北の空を区切る玉皇山に目を凝らした。午前四時、林富蔵、尾形義雄の二人がその頂上で狼煙を上げる。それが合図なのである。一秒、二秒……。
 やがて青い尾を引いてスーッと狼煙が玉皇山の空に上がった。その瞬間、さっと身を翻した柴田大尉が変電所の入口から躍り込んだ。佐山と小島が続いて飛び込んだ。数名の当直員が両手を上げた。柴田大尉の手に拳銃が光っている。佐山がスイッチを入れた。パチ、パチ、パチと三度、電燈が点滅した。
 攻撃開始の信号発信に成功したのである。三人は係員を外へ連れ出した。
「ニーメン、チュイバー!」(お前達、行け!)と怒鳴るのも待たずに係員は一目散に逃げ出した。佐山らの手でもう一度スイッチが切られた。全市はこれで暗黒に陥ってしまったのである。この瞬間、矢は弦を離れてしまった。もはや、取り返しのつかない遠いところへ……。
 運命の皮肉さを後になって日本人は思い当たるのだった。この日瀋陽の遼寧政府から、「国府軍増援の連絡着かず! 計画を延期せよ!」という指令が出されていたのである。
 指令は瀋陽の国府軍から林少佐の率いる通化の中共軍航空隊へ宛てて打電された。航空隊の無線が今日の連絡に使用される手はずになっていたのだ。
 運命はどこまでも皮肉だった。その日に限って無線が故障を起こした。瀋陽からの呼び出しはついに虚しかった。通化から何の応答もなかったのである。だが、仮に故障が直ったとしてもそれはもはや手遅れであったろう。
 既に全てを知った中共軍によって航空隊は完全に包囲され、身動きできない状態に追い込まれていたのだったから。

(未定稿)

[作成時期]  1989.04.11

(C) Akira Kamita