【登録 2003/02/16】  


ああ……悲劇の通化暴動事件!

六十一、戦闘終わりを告げぬ


 わずかに奇襲に成功したところもあった。赤川大尉、増田巡査達が襲った市政府公安局と、柴田大尉の赤十字病院の二ヶ所であった。ここは四時半から七時半まで、少なくとも三時間は、反乱軍の手で占領された。
 柴田大尉は後事を部下に託して変電所を襲撃して、電燈点滅とスイッチを切ることに成功した。そのとき、病院の方向で轟然と炸裂する手榴弾の音を聞いた。
「やったな!」と大尉は叫んだ。斉藤曹長指揮の襲撃隊が警備隊宿舎へ手榴弾を投げ込んだのに違いない。柴田大尉達は一目散に応援のため病院へ向かって走り出した。
 病院で斉藤曹長指揮の襲撃隊が行動を起こしたのは三時五十分だった。立哨中の歩哨に気づかれないように十名ぐらいずつが固まって外へ出ると、寝静まっている警備隊宿舎をぐるりと半円形に取り囲んだ。皆んな手に手にスコップを握り締めている。緊張した若い兵隊がガクガクと音を立てて歯を噛み鳴らしている。
 前田伊助職員が率いる十名は、衛兵所の方へそろそろと忍び寄った。最初に行動を起こしたのはこの組であった。五人の歩哨にものも言わずに、二人で一組になって飛びかかっていった。
「ウワッ!」という悲鳴が上がった。
 電燈が点滅したのはその瞬間であった。最初の点滅で宇佐見職員が扉に手をかけて思いきり引いた。
「起きろ!」と叫ぶのを合図に斉藤曹長の手を離れた手榴弾が部屋の真ん中へ唸りを上げて飛んでいった。轟然と手榴弾が炸裂した。
 硝煙の中へスコップを振るって斉藤曹長が真っ先に飛び込んだ。激しい乱闘が各所で起こった。
 約三十分後、東北人民自衛軍第一病院は完全に元野戦病院の反乱軍によって占領されたのであった。早速、柴田大尉が点呼を取った。欠けた者は一人もいなかった。
 そのころになると、遠く、近く、市街の方から聞こえていた喚声や銃声も、次第に遠のいて、ときどき思い出したように一発、二発、風に流れて銃声が弱く聞こえてくるだけだった。
 成功したのだろうか? 皆んなの顔に不安の影が流れていた。敵から奪い取った小銃を加えて三十挺と拳銃一挺が現有の武器であった。早速占領した病院の警備配置についていた。
 やがて白々と夜が明けてきた。突如病舎南側のガラス窓に、「ダダッ、ダダン、ダン、ダン!」と機関銃の一斉射撃の音がして、その窓が「ガァン、ガガァン!」と凄じい音を立てて吹き飛んだ。小山寿一職員が、「ワッ!」と叫んで、もんどりうって突っ伏した。その横へ樋川一光職員ももんどりうって倒れていった。
「敵襲だー!」見えるところだけでも約百名が、重機を据え、軽機を先頭に散開して肉迫して来る。
「松本が殺られた!」と叫ぶ声が聞こえた。松本美喜雄職員が戦死したのだった。じりじりと後退するうち、三、四人が、「もう駄目だ! 駄目だ!」と悲鳴を上げて、どっと逃げ出しかけた。
「逃げるな!」白鉢巻きを締めて右手に拳銃を握った前田伊助見習軍医職員が立ち上がり、集中射撃に身を曝して絶叫したかと思うまに、集中射撃を受けて、きりきり舞いして転倒した。
「逃げろ!」と叫んだのは部隊長の柴田大尉だった。
「目標は裏山! 裏山の峠へ逃げろ! 我に続け!」その声で皆んなは裏庭から凍結した渾江を突っ走り、背後の山へ駈け上がった。第二中隊は松倉大尉の指揮で、「目標は裏山! 裏山の左麓を廻り、山の向こう側に集結せよ! 我に続け!」との命令が出されたのだった。わずか三時間の儚い占領であった。
 赤川大尉、増田巡査等の市政府襲撃組も、一時は攻撃に成功して占拠した。だがこれも三時間後の午前七時、大部隊の逆襲を受けて敗走した。
 戦闘は全市にわたって終わりを告げたのである。

(未定稿)

[作成時期]  1989.04.11

(C) Akira Kamita