ああ……悲劇の通化暴動事件!
六十六、地獄から来た男
十五分も経たないうちに宮川社長はまた呼び出された。今度は戸外の便所前の雪の上に座らされた。四、五人の兵隊が薪を持って背中を殴り始めた。
殴られながら痛みに耐えかねて身体をねじった拍子に横を見ると、丸裸にされた日本人が三十人ぐらい、まるで丸太ん棒を積み重ねたようになって死んでいるのが見えた。
十三まで殴られるのを数えたがそれからはほとんど感覚がなくなった。どこか遠いところで肉を打つ音が聞こえるような感じとなり、背中がブヨブヨに腫れ上がっていくような感じもした。最早何の痛みも覚えないのだ。そのうち、耳元で帯皮がピュンピュンと鳴り出した。やがてそれが頭を打った。ウーンと唸って上向きに転がったところを、今度はピシリと顔へ打ち下ろしてきた。ついにそこで宮川社長は意識を失ってしまった……。
どのくらい時間が経ったろうか?……身体の上に何か重い物がドサリと投げつけられたような気がした。苦しくなって動こうとするのだが重くてどうにも身動きがならない。
目を開けようとしてもどうしても駄目だ。何か冷たいものが頬に当たって気持ちがよい。擦りつけて見ると雪らしい。それを何度となく試みているうちにやっと目が見えてきた。
だが起きようとしてもどうしても起きられないので、重い瞼を無理に開いてあたりを見てみると、宮川社長の周辺には死体ばかりだった。無性に喉が乾くので雪を舌で拾って呑み込んだ。
「兄さん。兄さん!」どこかで呼ぶ声がする。見ると「義弟の吉田」が覗き込んでいる。彼も戸外に放り出されて伸びていたのだが、この方はいくらか元気があった。
這ってきて力を貸してくれ死体の底からやっと這い出すことができたが、着物は破れ膨れ上がった顔は血だらけになり、まるで幽霊そのままの姿であった。
元の留置場へ這うようにして入っていくと、死んだはずの彼がそんな姿で帰ってきたので、皆んなギョッとした顔になった。
……「地獄から来た男」
生ける屍そのままの異様な姿であった。
(未定稿)
[作成時期]
1989.04.11