【登録 2002/09/15】  
[ 詩篇 ]


〈Buried manuscript〉

(しだいに眼が)

しだいに眼が遠くなる

腰には女の手がある

壁を隔てて

火の臭いがする

薪を焚る 灯りを消す

裸の肩が斑になる

肉を鉄板にのせる

脚を広げて手招きする

下着に醤油が零れる

机の下が安全なのは

抽出に詰っている護符のせいだ

蛇が注ぐ愛液のように

座禅入定するからではない

高い塔に囲まれた粗末な呑屋

悪口を言いあう客

その一人が白髪混りの頭に 蓬髪

塩の粒をつける 痰切飴

若い女の貌が上気している

扉を叩かれるのは迷惑だ

煙草の烟が流れてゆく 

途端に苦しく咳込む

女の肘が

壜を倒す

 輪後光
 綰物(わげもの):桧、杉などの薄い板を曲げ、合わせ目を桜、樺の皮でとじた円形の容器=桧物、曲げ物

 水絡繰(みずからくり)=水機関

小声で唄う

止り木の心棒が

軟かくなる

星は闇に呑まれる

 板碑(いたび):石の板の卒塔婆。室町時代、関東
 板蔀:板塀(目隠しに)

高所恐怖症なら眼の毒だが

溪間の水は激しい

吊橋はどこまでいっても

三角形

 食連星:食変光星

酒はもういい

襟を立てて後ろを振り返る

椅子は邪魔者

根太をしっかり握られる

 水祝い
 訳子(わけこ):かげま

女の腿を撫でる

靴下止めに手を焼く

屋台で蕎麦を啜る

一息に音を立てて

それから脇腹に

拳骨をくれる

受話器から

外国語が流れる

それで

打ち止め

雑沓の中で車輪のついた箱を

動かす女たち

額に浮いた脂は

妙に毒々しい

カードを配る手つきに

見覚えがある

耳を澄ますと

馬のいななきが聞える

大理石を敷きつめた部屋で

詐欺師の話を聞く

鋼鉄の鞄は身を守るため

力は残務処理のため

そして北国に逃亡するため

頭をつかう

賽の目遊びが終わると

雪はすでに灰色に変わる

昼間だというのに

道往く人々の眼の隈
 
 短・(たんき):冬のわずかな日ざし

眼鏡についた二つの螺子は

光を殴打する

雪焼けは皮膚を痛めつける

卓上には骨が並ぶ

時計は凄じく回転する

乳房の巨大な女が

硝子の中の血を舐める

帽子を冠り手袋をはめる

雪の中を疾駆する

地肌の黒い山頂が望める

辞書の中に

猫は棲まない

門札の夜叉は

洋風の笑みを洩らす

 懈倦(けかん):ぬかり
 蹠骨:足の裏を構成している骨。五本の管骨からなる。中足骨

燻製の鮭を頬ばる

ビニールの切れ端が歯にあたる

摘み出すと 眼の奥が霞む

紙魚が黄金色に輝く

螺旋階段を降りると

図書館に辿りつく

女の踵にばかり

眼が向く

(C) 紙田彰, Akira Kamita.

(未定稿)

[作成時期]  1980/99/99