しだいに眼が遠くなる
腰には女の手がある
壁を隔てて
火の臭いがする
薪を焚る 灯りを消す
裸の肩が斑になる
肉を鉄板にのせる
脚を広げて手招きする
下着に醤油が零れる
机の下が安全なのは
抽出に詰っている護符のせいだ
蛇が注ぐ愛液のように
座禅入定するからではない
高い塔に囲まれた粗末な呑屋
悪口を言いあう客
その一人が白髪混りの頭に 蓬髪
塩の粒をつける 痰切飴
若い女の貌が上気している
扉を叩かれるのは迷惑だ
煙草の烟が流れてゆく
途端に苦しく咳込む
女の肘が
壜を倒す
輪後光
綰物(わげもの):桧、杉などの薄い板を曲げ、合わせ目を桜、樺の皮でとじた円形の容器=桧物、曲げ物
水絡繰(みずからくり)=水機関
小声で唄う
止り木の心棒が
軟かくなる
星は闇に呑まれる
板碑(いたび):石の板の卒塔婆。室町時代、関東
板蔀:板塀(目隠しに)
高所恐怖症なら眼の毒だが
溪間の水は激しい
吊橋はどこまでいっても
三角形
食連星:食変光星
酒はもういい
襟を立てて後ろを振り返る
椅子は邪魔者
根太をしっかり握られる
水祝い
訳子(わけこ):かげま
女の腿を撫でる
靴下止めに手を焼く
屋台で蕎麦を啜る
一息に音を立てて
それから脇腹に
拳骨をくれる
受話器から
外国語が流れる
それで
打ち止め
雑沓の中で車輪のついた箱を
動かす女たち
額に浮いた脂は
妙に毒々しい
カードを配る手つきに
見覚えがある
耳を澄ますと
馬のいななきが聞える
大理石を敷きつめた部屋で
詐欺師の話を聞く
鋼鉄の鞄は身を守るため
力は残務処理のため
そして北国に逃亡するため
頭をつかう
賽の目遊びが終わると
雪はすでに灰色に変わる
昼間だというのに
道往く人々の眼の隈
短・(たんき):冬のわずかな日ざし
眼鏡についた二つの螺子は
光を殴打する
雪焼けは皮膚を痛めつける
卓上には骨が並ぶ
時計は凄じく回転する
乳房の巨大な女が
硝子の中の血を舐める
帽子を冠り手袋をはめる
雪の中を疾駆する
地肌の黒い山頂が望める
辞書の中に
猫は棲まない
門札の夜叉は
洋風の笑みを洩らす
懈倦(けかん):ぬかり
蹠骨:足の裏を構成している骨。五本の管骨からなる。中足骨
燻製の鮭を頬ばる
ビニールの切れ端が歯にあたる
摘み出すと 眼の奥が霞む
紙魚が黄金色に輝く
螺旋階段を降りると
図書館に辿りつく
女の踵にばかり
眼が向く
(C) 紙田彰, Akira Kamita.