【登録 2007/02/28】  
紙田彰[ 断片 ]


I氏への書簡2

 前略

 (略)

さて、ピラミッドの話は例が悪かったようです。話をわかりやすくしようと思い、かえって混乱を招いてしまった。
ピラミッドには思考の形象化がなされ、思考の内容は一時的には反映されるでしょうが、すぐにピラミッド自体も消滅し、その破片もさらにくずおれていくばかりです。
私も、極小の断片になった構築物の物質量子においても、それを生み出した過程に発生した思考子においても、思考の構造的な内容は失われると考えています(ブラックホールに吸収された物質のすべての情報の復元という論議などからは、断片としての「知」というものは考えられるかもしれない?)。


思考子は単なるエネルギーである。
意味も価値もア・プリオリには存在しない宇宙においては(今のところは「人間原理」の方には傾かないようにしています)、思考の内容はエネルギー準位を上げる役目をしているのかもしれない。複雑であればあるほど「ゆらぎ」が大きくなる、あるいは単純でも強ければ波長は短くなる、などのように。
思考子は漂っている、光と同じように。いや、少なくとも光速に近しい速度で漂っている(相対性理論に反して、私は光速以上の可能性を考えているが)。
ひも理論によると、閉じ込められた物質(光)が量子的な空間の中で裂け目をつくり新しい位相変移によって物質(宇宙)を再構築(再生産?)する(裂け目から空間をがらりとひっくり返して!)フロップ転移ということが考えられているようだが、これと同様に、思考子というエネルギーのかたまり(量子)は、位相の変移によって宇宙をひっくり返し、新たな宇宙を作るということがあるのかもしれない。
思考は日常世界的な成果物(建造物、芸術……)を生み出すが、それは結果であって、本質的な問題は、思考する過程で生まれる「思考」そのものが、思考子というエネルギーのかたまりを発生していくということにある。
思考のどのような成果物自体も「剛体」ではなく、あるレベルにおける物質の量子的なかたまりであるから、形象としての成果物も宇宙レベルでは一瞬の有限性であることに変わりはないし、物質のプロセス(宇宙過程)において、その思考内容が情報としてまとまりがあるとも思われない。最終的には、ブラックホールを通じた位相変移を経て、次のビッグバンにつながるだけのことなのだろう。
思考の構造体は極小に断片化され、宇宙に四散したフラグメントからはそうした情報を統合することさえも不可能に違いない。
そうすると、無数のフラグメントが思考子として宇宙に拡散するということは、思考も成果物もともにエネルギーとして物質と宇宙に関係するということになるのではないか。
先のフロップ転移やブラックホールに関連づけると、思考は思考子を経て量子的な宇宙を生成する場合と、宇宙過程を経た次のビッグバンによって宇宙を生成する場合がある。
つまり、量子に畳み込まれた多次元空間によるフロップ転移あるいはコニフォールド転移(カラビ-ヤウ空間における裂け目から生ずる転移)による空間の生成というプロセスと、「ビッグバン→宇宙生成→ブラックホール→転位」というプロセスである。
(後者はどんな文明も文化も跡形もなく消滅し、宇宙の藻屑になるということを言っているのであり、前者はまず物質生成のエネルギーと関係すること、そこから宇宙の生成につなげている。次元空間において時間と空間のサイズがないというアイデアを仮定すると、この両者は本質的に同一のことかもしれないが)。
このことは、思考を生成する生命系に「意味」をもたせるということではなく、生命系も他の物質と同じように、宇宙プロセス(=物質過程)にあるということである。
だから、問題は、思考によってエネルギー物質としての思考子が生まれるという点にある。
これは、思考子が形象化されたものに移動するということではなく、またそれによって別の思考が次のものを生成するということでもない(それは生命系の存在範囲では起こりうるかもしれないが)。(以前までは、たしかに、思考の移動と再生、展開というようなことを考えていました。本当のところは、このあたりはまだどっちつかずかもしれません。)
何を思考したのかということは、その情報の構造体が適用されうる範囲(時空間的)が存在している限りにおいての問題に過ぎないのだが、ここで問題にしているのは生成されたエネルギーの強さである。適用されうる範囲での価値や意味は時空的にもせいぜい局所的なものと思われる。
エネルギーのかたまりが、次の物質、つまり宇宙を作るのである。


別のアイデアがあります(いろいろな考えが輻輳しているのです)。
先に、時間と空間の次元サイズがない場合について触れましたが、そうするとひとつのかたまりにすべての情報が含まれるというケースを考えることができます。ひも物質が次元宇宙を緊縛し、その次元がビッグバンにつながり、宇宙形成すると考えたとき、すべての情報が宇宙にばらまかれ、何らかの影響を与えるというような話です(ブラックホールに吸収された情報は復元できるという説もあるので)。
次のアイデア。
これは、「人間原理」的な話に近いかもしれませんが。
137億年の宇宙の歴史の中で、人間の知的活動によって物質から宇宙のシステムまでが解読される可能性が出ているとして、発生以来わずか400万年の人類の知的活動の累進的な高速性がこの宇宙のシステムに影響を与え、場合によっては宇宙過程を変更したり、宇宙の構造を突き破るような可能性がないとは言い切れないかもしれないというアイデアです。
宇宙に、この知的活動という「新しい、異質の」物質過程が生まれたのではないか、というのはどうでしょう? 人間論的にいうと、利己的なDNAは思考を生成する人間存在という物質過程に至ったという――。(日常世界では、ろくでもないのが溢れているような気がしますがネ。)
ただ、「人間原理」にあるすでに設計されたようなニュアンスとは異なり、ここには知的進化のスピードが間に合うかどうかという偶発性を持ってくるのですが。

いずれにしても、あまり人間中心的になると収拾がつかないので、今のところは「実在」という手綱を離さないように考えていこうと思いますが。


 (略)
                  九拝

(未定稿)

[作成時期]  2007.02.27

(C) Akira Kamita