電子句会:俳諧連歌 自由なるかなはるかなり



(主宰・緑字斎 1989年初、PCSでのハイパーノーツによる試みから、緑字斎の句をまとめる)


明けぬれば松の内なる日々の風

生成とは死を死ぬのでもないアメフラシ

あくればまつひとのこころのいとをかし



凍る雪 何もない何もない

凍る雪 ありうべきものの眠る夢

シベリアを 死ぬるといふなり アエロフロートの窓辺

むくむくむくむく立ち上がる北極点ゆきの氷に沁みる熱き薔薇

流氷に棲まふ水よ どこの春なりどこの夏なり 肌へはふるふ



番外

はたらけど 眠られぬ酒 FAXの前で



火の旅の糠雨に沈むモンパルナス

旅のさの火の霧雨と白き 墓碑(tombeau)

ボードレール サルトル 牡蛎のある街



さかしさも骨と埋もるる冬の庭

さかしさと石棺宇宙 冬の庭

ポエジーの永遠といふ古き骨



掘り抜きて 穴のかさなり 存在といふ鏡

掘り抜けば 穴の向かうに かさなる鏡



寒中の白蓮幻想 青き空

寒中の白蓮幻想 空青し



夜の夜 掌の汗吸はぶる 缶ビール

夜の夜 掌の翳うつりて 缶ビール



水のゆらぎ 満天の星 届かぬ声なり

水仙の枯れたる鉢に閉ぢこめられしは

魚のあぶく 闇こそとどけ 水のゆらめき



去りがたし 忘れがたし 寒雨あり

さりながら心にかかりて雨匂ふ

夢の中にゐたをんなのちぢむちぢむ



てふてふの一頭もとらへられぬ世紀末



童顔の心残りの夜は更けて

のこされた童顔 横たはることば

   詩集「童顔」の詩人、故山口哲夫を偲びて



 この数日は車も使えず、新宿二丁目にも繰り出せず、どうにも困った世の中であります。
 以前、御苑前である呑屋を経営していた友人が、韓国航空機に乗っていて撃墜されました。スパイ活動の結果でありますが、賠償金は家族にまだ支払われておりません。
 すでに人手に渡った彼の店は彼と友人たちの手作りの内装で、思いのたけがこめられたものでありました。
 幼い二人の娘の成長を目の当たりにすることも出来ず、彼はまさに亡霊となって、凍った北の海から、この懐かしい新宿にときどきはさまよい出てきているに違いありません。
 彼の元の店の前にたち現われる、ものものしい国家というものの傲岸な姿を見て、この悲しい亡霊はどのような恨みの涙をこぼすのでしょうか。

星さへも屍にかける声もなく

星もなく水底の氷こそ友の骨

浮かぶことなき氷といふ不可能の反国家かな



負けてばかりはゐないさ 雨に打たれて 宇宙軸の滑落

女の体を右腕に抱いてゐるのに 頭脳のはたらきは宇宙の中枢に向いてゐた

夢の中に(真実の)睡りを知り 青年のたてがみはふるへる

心の奥にある深い穴に女の死体をぶら下げる

天鵞絨の翳りを帯びた情欲の(吐息の)青さ

眩ゆい海 凍てつく硬い液 双児座の器



白痴的なるアダム 窓櫺(さうれい)の中の目前

生涯に二度とありえぬはげしい息 花なるかな

春の得体の知れぬ腕よ抱け 腰だけの女

猫の耳といふ銀色のヒマラヤ杉の葉叢 散乱する下着



水を洗ふ 流れたる血のはかなさよ

清き水 水をあらはゞ寒椿

水を洗ふ掌の中の絶対零度

水にひそむ水の心に滲む血の



ホワイトクリフといふ断崖の空を抉る不遜な鴎

風の走るドーヴァー 全角度から叩きつけらる 冬の海

風の吹く角度 叩きつけらるゝ人生

死ぬことのない音楽といふ闇の中

死ぬでもない生きるでもないアメフラシ

忙中に寒あり 心がしばれる



ふくの白子を生食す 冬、終はりぬ



番外

寝もやらず 早朝の凍りたる麦酒に春あけぼの



はになるれ なりるれりおの まつをかたぬ

ははははは このこのこのこ ちちちちち

しらももも さくらくらくら りりりりり

りるってん むちゃぱぱしぱし りるりるむ

あうあうあうん あああああああ むむむむん



船乗りの刺青 たとふべきかな娘たちの春

風のやうに 軽やかに渡る ふくよかな土地の魂

両性具有の街の屋根の突端の鬼瓦

不気味が恋しもののけもものかは春霞

古くて不吉で不浄なここのこの文明のふしだらな



三月 乳房に静脈を泛べるをんなたち

掌の皺を見つめること数刻 春雷あり

白骨の絡まるごとき想像の枝々

呼鈴と三半規管 どの女も女だ

心を鎖す 内臓と宇宙とのなんといふ一致

耳を澄して礼を失せり 邑人の羽がかすむ

(くす)しき流星 地につかぬはたれの足ぞ



脂ぎる少女たち 腰などは臀部 光が粉を吹いてゐる

たれの声を愛するか 冷えた硬い液の

尖つた滴 つらなる速度 ゆがむあぎと

こだはりとかたよりは外道なり



偽悪者の盃の中の沈黙

歩きぬれば薄暮の海あり跼んだ林

茅ヶ崎の水際にありし寮に嫗遺れり



とくとくと音がするとくとくと

薄縁の陶器に濡れる刃尖 その酩酊

花の中にある残酷な色



春霞 魔性の棲める枝の重さよ

花に濡れて沁みとほる夜に狂ふものあり



雨上がり ガスの篭りをる砂の残骸

烟霧霽れたりし小公園のベンチに花の跡

子供の造れるトンネルは雨に崩され

花曇りとはいへあまりに哀しき春の午後

濡れた道をゆかば夢の夢に囚はるゝなり



ぞくりとする対面 一本の刃物 一本の光

胃に落ちる香水 糸のごとき蝋涙

筋肉が握る弓 花束の中の仮面



砂に眠るハナウマ・ベイに虹色の魚棲めり

惑ふべし ダイヤモンド・ヘッドの断崖の暑さよ

バックミラーに逆側から迫り来る後ろの海



三百六十度の海 水平線が光に烟り 蛍光ピンクの帆がとどまれり

頭の赤い鳥 猛禽的な雀、白い鳩 虫がいない島

雲の速度で季節を凝縮したビーチの向かうの軍事基地



球体の嘘が珊瑚礁の断崖といふ幻想にうちのめされる

肉体のエクササイズに老人も騙されてをる日盛り

色彩の重力 太陽の沈む浜辺に落ちるダークネス



シャワーで洗はれよ国家と肌 塩素が降る

飼ひ慣らされた魚 囚はれずといへども 肥満してをる

快適で馴染みのある夏 偽りの表通り



バニアンの木蔭の夜に街路灯は消ゆ

影の冷たさ 雨の鋭さ 暑熱を支へるもの

珊瑚が崩れた砂だけの浜辺は火の匂ひがする



垂直に重なる皺 横殴りの火山活動 海に飛び込む崖

山の高さで割れる波 崩れる冠の天辺に跳ねる若者

肥つた黒人の遠い目 波の向かうに波 掌のビールが揺れる



数十のヨットが出現する日曜日 教会のステンドグラスの群青が覗ける

ジェリーフイッシュが刺すのは文明の白い肌

ロコボーイの闘志とは南国の楽天にあるのではない



テーブル上のオレンジ コナ 帰還する海は未明

ヨットだけの風景 波のグラデーションと水平線

闇の中にも波が重なる 原色の帆は眠りを知らず

ジョガーが起き出す椰子のつらなりにアロハ

灼けた肌を痛しと叫ぶ娘の旅日記





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