連載【第076回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare IV: 〈sea crime〉

 nightmare IV

〈sea crime〉
――わたしは助かることのできないところに来てしまった。いろいろな新薬を使ってみたけれど、どれも効果は出なかった。辛うじて通院しながら治療は続けているけれど、医師たちの表情は冷めていった。匙を投げるように、医師はわたしを次の病院に送り込んだ。 続きを読む

連載【第075回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈ritual〉

 nightmare III

 〈ritual〉
 そのような土地で菊の花の祭りが始まっている。fascisme de chrysanthèmes dans fleur pleine(満開の菊のファシズム)が押し寄せる。満開の花。黄色い花びら。山や丘の彼方から海が押し寄せるように、大量の菊の花びらがやって来る。花の祭り、死の祭り。大地震の後の大津波。すべてを根こそぎにして菊の花びらが呑み込んでしまう。
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連載【第074回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈chrysanthèmes〉

 nightmare III

 〈chrysanthèmes〉
 それはDNA生命系の夢、その破片。光る砂のようにさらさらと舞い落ちて、その侵襲がやむことはない。永遠に生きられないのだから、生きているものを貪り尽くそうとする。か弱いのだ。そのか弱い意識は、細胞と魂を飽食し、魔物のような国家を通じてファシズムの夢を見ているのだ。孤立した一匹だけが支配する世界のために。その生命系は配下に、どんなに膨大な数の自己複製の個体があっても、ただ収斂され続ける一個の生命体でしかない。 続きを読む

連載【第073回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈peninsula〉

 nightmare III

 〈peninsula〉
 そのときの私は、敗戦直後の関東軍にいて、通化事件に遭遇していた。この虐殺事件は、関東軍、国民党軍、中国共産党軍、朝鮮人民義勇軍の引き起こした謀略戦であった。それぞれが裏工作でつながり、武器を持たない日本の哀れな居留民や無力な兵卒たちを欺き、利用して、四つの勢力の利益分配を画策したものである。 続きを読む

連載【第072回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈transformation〉

nightmare III

 〈transformation〉
 たしかに微熱を帯びていて、心理状態がすこぶる悪化している。そしてその状態が全身の関節から神経を伝って、ネットワークを作っていくのだろう。神経システムに攻撃を受けているのだ。そのことに、もはや抗えないことが腹立たしいのかもしれない。呼吸を繰り返せば腫れた扁桃腺が引き攣るように重く反応するし、何よりも末端の神経が軋むと瞬時に伝播する疼痛が思考を裁断するのである。 続きを読む

連載【第071回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈ant’s nest〉

nightmare III

 〈ant’s nest〉
 蟻の巣の屋敷から、私は目隠しと猿轡をされて、どこかの病院に連れて来られた。箱詰めにされて、黒塗りの霊柩車のような車に乗せられ、そこは古い運河べりの公立の総合病院であるようだった。病院自体は新しく建て替えられた近代的な建物だが、空気全体が古く厳めしく、どんよりと濁っていた。 続きを読む

連載【第070回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈multiverse〉

 nightmare III

 〈multiverse〉
 世界が個人的に分割されていくとはどういうことなのか。現実、宇宙、あるいは次元とは、〈見ること〉が経験することであるなら、その事象を〈見ること〉自体が判断したり、選択することで多宇宙が生み出されていく。粒子が自己という鏡を見ることで反粒子として分割させるように、多宇宙をすべからく経験していくのだ。そして、複数宇宙(マルチバース)から見ると、分割宇宙は同時に並列して存在し、粒子そのものから見たときには()宇宙は分割されずに単一宇宙である。つまり、単一宇宙の経験を終えることで、別の()の宇宙に切り替わり、次々に別の世界体験を経ていくのである。見る主体は全宇宙の存在の全可能性を知るのだ。
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連載【第069回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈toenail claw〉

 nightmare III

 〈toenail claw〉
 おまえを逮捕する。よけいなことを考えているから、おれたちが出張る羽目になったのだ。公安とは別に、非公然の秘密組織があるなどとは知らないだろう。おれたちは秘密保護法と共謀罪法によって、国家保安本部4局に属する、国家の敵を対象にした防諜、摘発組織なのだ。
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連載【第068回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈magnetic material〉2

 nightmare III
 〈magnetic material〉2
 あやうい吹き溜まりのような商圏を抜けて周りを見ると、その辺りは丘の中腹で、古い小型店舗や建物が密集し、さらに進むと昔ながらの下町を抜けて、塀のある高級住宅街が現れる。そこに至るまでに、細い路地や方向の定まらない曲がり角を何遍も通ってきていた。次第に、私は電柱やブロック塀に貼り付けてある住所表示が、よくわからなくなっている。
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連載【第067回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈magnetic material〉1

 nightmare III

 magnetic material〉1
 空中を高速度の地下鉄が走っている。高層ビルをつないで銀色に光る電車が建物内のプラットホームで停まると、乗客はあわただしく吐き出される。監視カメラのアングルがかすかに変わり、レンズが光った。私は顔の角度を変える。
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