旧作:197404: 魔の満月 第一部(習作)

まず 茫洋とした観念がある 光と 抽象的な運動に親しむ線分とが そのあたりで急速な変化を促している 無彩色の光景の中で生成されつづく色彩――極めて原色の――は多様な軌道によってその観念へ戻りつづける色彩が無彩色の光景の中で繰り返し運動を持続していくと 不定形でありながら確実にその枠組を決定していく 茫洋とした観念がある 音にならない声で彼の存在を支配する それは交信状態の持続によって彼を引きずり込む方法である 音にならない声は彼の存在を支配する 実はこの時彼はある種の高音部によってすでに疲弊しており 極度の緊張状態に達している 光と線分の急速な変化 その観念は輪を拡げながら中心へ向かって縮んでいく 彼は支配されている 彼は支配されている まずその顔を視よう 顔のない顔を 水気のない涸いた額 氷のように透明で冷酷な命令を告げる唇 眼は盲人のように あらゆる事件に対して固く閉じられ関心を示さない 眼を視よう ひとたび瞼を開くと そこにあるのは存在の歴史を貫く右側の孔と 宇宙の全貌を惹きつける強力な磁場を嵌め込んだ左の眼の痕跡 醜く裂ける鼻は真っ青な体液をふりまき そのためにある時には意識が寸断されて その度に観念自体がすうっと消失する まずその顔を視よう 顔のない顔を 時には 例えば 愛の現場において優しく言葉が眠ることがある だが狡猾で性悪な言葉は眠りながらも彼を手放すことはない というのは その時に限って 降るのだ 割れた光と線分の急速な変化によって生ずる色彩が 鋼鉄をも熔かすほど燃える矢のように――そのため彼には激痛が与えられる 割れた光と線分の急速な変化によって生ずる色彩が 死人をも凍らすほどはりつめた矢のように――そのため彼は無気力にさせられる 茫洋とした観念がある まずそれが何者であるか問うことにしよう 淫らでくねくねとした言葉の繋ぎ目に必ず付着する舌 強い攻撃性と残虐な嗜好と またまるっきり反対に 脆弱で裏に回って計算高く謀略とを駆使する たくましい脚 茫洋とした観念 利発で無知でかつ美辞麗句を囁くそいつは一体何者か 盗癖があり 幾度となく牢獄にぶちこまれ その度に易々と逃亡するそいつは一体何者か 胸に数十人分の血痕がみられる光り物を忍ばせ それを自在にあやつる器用なそいつは一体何者か まだ初潮をもみない娘の純潔を犯したそいつの尖った男根こそ最良の固さで 法の下に剥ぎ落とそうとするギロチンの刃を 幾つ駄目にしたのか そいつは一体何者か そいつは最初に夢を支配する 夢全体を蔽う茫洋な観念 広大で 秘かな恥部の襞筋にも侵入する繊細な 観念 だがそいつは実在の生だ 燦く白昼 堂々と夢から触手を伸ばす全体 阿片のように魅惑的で 野性のように生き生きした肉体 残忍で あらゆる正義に怖れられている観念 言葉こそ最良の伴侶であり 言葉をこそ虫けらのように酷使する強靭な体力 夜をこそ最も奔放な味方にして それでいて夜の平静さに唾を吐く 観念の巣窟 そいつは一体何者か そいつは一体何者か そいつこそ彼の愛しい人でいて そいつこそ彼を守る最大の城壁を持っている そいつこそ人類の最大の貢献者であり そいつこそ人類を導く最良の両性具有者 そいつに抱かれると まるで激しい全歴史の時間と宇宙の膨張する全体の海に漂っている激しい存在感をものにできる まず 茫洋とした観念がある 光と抽象的な運動を展開する線分とが そのあたりで急速な変化を促している