旧作:197404: 魔の満月 第一部(習作)

〔異稿〕II
それから数時間 地が大きく揺れる 空がたちまちに傾いで腹の膨らんだ月が衝き動かされる様に垂直に落下する すると冷やされた言葉が天使たちの様にへたりついては飛び交っている 赤味が増していくその裏で蒼白な顔面を覗かせる者は誰か 死の使者どもが急激に覚醒する 木々は自らを激しく裂き脈々と白い樹液を愛おしい者に与えるかの如く噴出させる 葉擦れと伴って苔の様に密集する草が次々に押し倒されていくときその湿った根元からたち上る精たち 動物の歴史は確実に半分は空白たる削除である
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脳天を打撃するような速さでそいつの顔は悪性の面疽に冒されながらも 弾丸列車が体を通過する氷の如く澄明で確乎とした美しさにたたえられている 翻された薄い色の体がその引き締まった口元にたえず洩れる悪計の数々のおびただしい風景を完璧に支配する では 広い額は大理石の如く知に輝き 時は微塵にも雪片の如く獰猛な野性を押し包み 深夜の猥雑に開花し得るアメジストの透明度を保つ瞳は幾多の迸る情欲を噴き出させているか 時の打つ鐘の減少する深夜 寺院の石壁から唾液のような呪文が続々と伸長し始めると そいつの手下が至る所で世紀を我がもの顔にさまよい いつからか開いた肢体をくぐり抜けて到達する売春宿で 国家の生き写しに依存する女の白い太股の皮を剥ぎ 粘膜のような魔性が血に染まった床の上で朗々と詩を奏で その邪悪な黒髪をはためかせる阿片を溶かした金色の美酒を片手に 爆裂する河川を中心にした視界は阿片の煙の中で浮上する尻尾をつけた記憶の無残な葬儀ともまた婚姻の儀ともつかぬ跛行によって一条の星座群と合流する悪徳の深夜に馴染もうとする (そいつは金貨とか宝石 美術品の数々 まなざしを強烈にさらけ出させる死体 性能の良い拳銃 刃物 金髪の美女の首などを一望する事によって山積みにされ 保有する毒物の効果が試されその比較がおこなわれて謀略のエネルギーを受感する) 脳天を打撃するような速さで特に古くからある教会は躁宴の中心をなし 弾丸列車が体を通過する厳格な僧衣をはだけて翻された薄い色の体が男色家の一物を激しく風景を完璧に支配する闇に挿入される では また 弾丸列車の尖端を爆薬庫にしてその庭が掘り起こされ世紀の白骨で作られたオーロラ状態を突き抜ける食器が準備されることは可能か 白日のうちにそいつが時々顔を出すある種の伝染病の罹患者が忍び込む聖堂での躁宴において
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首がひしゃがれたように太陽が顔を出す 朝は蒼く呈していて 死体の夜を人目のつかぬ箇所に植え込んで 見上げると風の吹く奇しい流星が毒々しく咲き誇っている 薄く剥がれた背の中心に鋼を括りつけ 聖なる裸身を燦々と輝かしゆったり睡っている老婆が一文字に収束する疾風の如く凄い形相で花を摘み取っていく 血に塗れたファロスの金色に激昂する毛髪(見事に枯れきった)を闇に撒くように 伝染病を蔓延させる爽快な羽虫の群が花壇を根城にして裂け始める 金属的な猛々しさに充つる音響の木洩れの薄暗闇での活躍は日常茶飯事の出来事ではあるが 風媒による星の変則的な出没は 樹木に巣くう毒々しい花びらにしめやかな匂いの如く霧と同化しつつ それらに触れられない箇所を塩辛い謙虚さに変貌させる だが ともすれば ありがちな何ものかもない ないというより 得体の知れない不思議さに包まれているに過ぎない 瞳孔の唯一の肉質はその方向性にある その瞳孔にあふれる光のおびただしい量はわずか一昼夜の新陳代謝によってまるで意味を失う その時の交換される量液は大気の中に波状的に流出され そのごく一部を掠める闇の光源たちは華々しく乱れ飛ぷ花弁の抛物線にあきれ顔で応答する なめらかな脂の光沢と触感を有する金属は数世代を経ることによって明らかな意図をもって直立しつつある 雷雨の如き激しい憎悪はその夜目にもあでやかな姿態とは裏腹に破壊的な意志によって直立しつつある 死体は死のままに再び甦りつつある 死のうちに放逐された夜もまた死のままに己れを復元しつつある 隆起しつつある謎の花壇を視よ その土塊に潜む脈々と沸き立つ黒く乾いた血液 破砕され散乱する輝かしい水晶の微粒子 それらが逆流する滝の早朝の景色を塗りたくる如く呪いのうちに塞じ込めつつある 視よ それらの雑乱の底から渦を巻く木枯しのように狂気の実像が輩出している あらゆる花がその茎ごとその暗闇の皮膚に吸い寄せられ華麗なる花の実像が輩出している 真先にこの異常さに反応したのは町外れの小舎にに飼われている老犬である それから老婆は己れがそれらに憑かれていることに気づかずに寝巻をかなぐり捨て激しい情欲に掻き立てられる 啼きわめく老犬は通常の数倍に膨れあがった性器を忍び寄るそれらの実像に突き立てる 老婆は喜々として飛びつき己れの股間の裂けるのにも臆せず交接する 早朝の輝かしき太陽はゆるやかに変色しつつ次第に黒い穴へ陥されていく そいつが森林から這い出てそのあたりの聖なる使徒を犯しその支配を全うするのもほど遠いことではない

(初出 『立待』第9号/1974年4月刊/編集・酒井俊朗 1974 )

[作成時期] 1974/04