魔の満月 i – 2(セント・ピーターに在留を……)

カタコンブの六つの実験室にはあらゆる塩が網羅されている
恋する悪魔は何処にゆくのだろう
マンドラゴラの谷間には丸木舟に括られた若者が定めに沿って流されてゆく
開門
そこから恐ろしいまでに爛れた躯を燃え上がらせて 魍魎が若緑に包まれた清澄な水面を滑って出発する
大樹の精は岩穴に棲む才走った小男に滅ぼされたのであろうか
青い魚が薔薇十字に辿りつき透明な花弁の下を泳いでゆくと黄金の彫鐫ができあがる
エルドレは胎内で夢をみる
エルドレの嚢中でも成長するものがいる
そして開門
厚みのない世界から出生したばかりの男の周囲にはごつごつとした岩壁がみられ それはゆっくりと収縮している
長く暗い洞窟の至るところの窪みには苔や薇や蕨などの陰性の植物が繁茂している
天井や壁面また地面のところどころに得体の知れない悪臭を発する海綿状の柔らかな岩石がこびりついている
奇崛な岩肌は地下水の重い濛気に被われ暗い穴の中で黒陶の光を帯びる
壁に触れるとその重い輝きが粘液性のものであることが了解できる
そして食肉性の根や茎に付着している鋭い棘が掌に喰いつく
強い酸性臭がたちこめ 獲物をからめとろうと獰猛な蔓が伸び それらと軌を一にして洞窟の全体が急速に収縮する
エルドレはこの奇怪な運動によって反対の壁に弾き飛ばされる
このように繰り返し弄ばれるうちに衣服のあちこちが裂け 背中にへばりついている吸血鬼どもはその破れ目から侵入し エルドレの皮膚を引き剥いでゆく
その運動は だが空洞を消失させてしまうほどの激しさには至っていない
ひりだされながらエルドレはいたぶりの地震の中を一目散に駈け抜ける
だがその逃走の行手には背中や脇腹や顔面からしたたっているものと同じ色の炎が燃え上がっている
焦げる海
紅に蝕む化石
熔ける薔薇
面会に来ない父たち
エルドレは吸血植物の触手やその口腔いっぱいに湧き上がるどす黝い唾液に脅かされ ただやみくもに炎の障壁めがけて身を投げ出してゆくのである