魔の満月 i – 2(セント・ピーターに在留を……)

神官の最長老と思われる瘠せぎすの老爺がその前に平伏し熱心に祭奠を唱い上げ しばらくたつと永劫の炎の中で清められている白い布を取り出し それから銅製のリュトンの中で沸騰している赤葡萄酒を宮廷用に誂えられた車の付いた銀の膳に載せて運んでくる
七人の禰宜ねぎは“サラマンダー……”という文句を左回りに十一回繰り返してから すでに褐色に煮つまっている液体をエルドレの全躯に注ぎかける
それから別の小壜に詰められている山羊の白い乳汁を三十回に分けてふりかけ十四本の手で一斉に筋肉と骨の細部にまで擦り込むと それらの灰色の粘液が発光し しだいに真っ赤な炎の舌をあげ始める
沈着聡明な長老がその上で白い布をひるがえす
布がエルドレの躯を包み込むと それはあわただしく吸い込まれるように鎔接され 肉体の完璧な曲線をなしてゆくのである
これは正真正銘のサドラである
聖なる肌着はエルドレに与えられたのだ
七人の司祭は 龕の上に捧げられていた仔山羊の毛から取り出した七十二本の糸をより合わせた紐をエルドレの頭に巻きつけると 祭壇に頭を垂れて長い長い祈りに就くのである
灼け尽くすような光の大洪水
残酷で生命の源をことごとく呑み乾してしまう火刑の大劇場
生物はあらゆる生物の種を狙い 己れ以外の生物を絶対的な敵として 尽きることのない攻撃を陰湿に繰り展げている
ああ あそこにもジャンピング・チョーヤの鋭い雨が降り注ぐ
メスキートやオコティーヨなどの灌木の密生するすぐ向うにはサンド・ベルベナの紅潮した丘陵地帯が三日月状に散在している
自衛手段のために果肉を細らしている覇王樹の陰では角蜥蜴や後足の異常に発達した鼠や蟇蛙などが飛び出た目玉をきょろきょろさせながら コヨーテや穴熊や狐の夜間に敢行される狡猾な襲撃に備えて防塞を造っている
雛菊やエリオフィラムまたナマの黄色や白や赤や紫の可憐な花弁が蛾や蝶や蜂やハミングバードを誘っている一帯から遥か離れた彼方では 肌を抉る棘々しい風が数十メートルも砂塵を舞い上がらせ 摩訶不思議な迷宮のシルエットを紫色の光の緞帳に映し出し またたくうちに古代史の彼方へと包み込んでゆく
十億年もの歴史をもつ微粒子は不規則な風に運ばれ銀色の星型砂丘を形成し 地底を支配する魔王の熱い息吹によってめらめらと赤く怒張している