魔の満月 i – 3(中空でふんぞり返っている邪悪なるものの……)

粘菌類を巨大化した白色透明の醜悪なる生き物というべきであろうか
あの忌しい食人鬼やヨグ・ソトホートの呪文によって現れる謎の物の怪にとってさえも辟易するような獣
腐った魚の眼や臓物や鱗の間から湧き出してくる異臭の柔らかな羽根布団
息を封じてしまうような脂の強烈なやすらぎ
おお汚辱にまみれぬるぬるとへばりつき 納豆の糸が泡を吐きながら彼らの茵をつくっている
のっぺらぼうで得体の知れない交接現場の貌と尻
繊毛もなく棘もなく地獄の濛気が凝縮し さながら状態の魔物となっているのであろうか
彼らはその微細な部分においてまず単一の個体でありながら その個々の悪夢の厖大な集積という全体で唯一一匹の生き物なのである
動物磁気は彼らの生活を支配するおびただしいエネルギーであろうか
また穢された体液の混淆物こそ彼らのメスメリスムであろうか
互いに喰い合いながらもますます増殖してゆく原生動物の処世原理で何を生み出そうというのか
ありとある神々と自然とその被造物に敵意を抱き殺戮に明け暮れる哲学の大魔王たちに 祝福は常についてまわるものなのであろうか
エルドレは騎兵たちを怪物どもの左右に陣取らせ 歩兵のうち槍で武装した部隊を横十列に編成し前面に布陣させ 最後に弩部隊をその本隊の左右に位置させる
まず二つの弩手の部隊が雨霰のように宣戦布告の攻撃を始める
と同時に本隊が前進し 鋭い得物を振りかざし怪物どもの前部側面を剥ぐように襲撃してから 二手に分かれ 敵の左右でそれぞれ隊列を立て直す
騎馬隊はそれより少しく時をずらして後方を攻撃し 後方の左右に改めて陣取る
執拗な剥離戦法と前後左右を常時固める完璧な布陣によって 怪物どもはその数を減少させられ中央に封ぜられ 為す術のないまま巌のように硬い一箇の円錐になってしまう
エルドレの軍隊は怪物どもを完全包囲し 勝利を目前にしていっそう血気にはやってゆく
しかしこの勇敢な攻撃はそれ相応の輝かしい武勲とおびただしい犠牲によって成し遂げられているために 騎馬兵と歩兵の約半数が怪物どもの触手に捉われ 半透明の袋の中で液という液をことごとく吸い取られ 無数の塵と化して砂漠の歴史に回帰しているのである
とはいえ造物主であり策謀に長けた軍帥であるエルドレの足許からむくりと影が起き上がり 犠牲者と同数の勇者を生み出している
だが影が簒奪されるにしたがいエルドレは疲労困憊し また兵自身の影も薄くなってゆき 軍勢は弱体化している