魔の満月 i – 3(中空でふんぞり返っている邪悪なるものの……)

最後の攻撃によって決着は早急につけられねばならないだろう
まさしく今こそが圧倒的な布陣の下に優勢なのだから
一斉攻撃の号令が発せられようというときに だが半数の兵をくわえ込んでいた怪物どもは凝縮をつづけ 円錐の尖端に雷光を帯び それから細密な罅を生じ いきなり以前の三倍の大きさに膨れ上がり その数は増殖することによって一挙に十倍になってしまうのだ
おお この巨大化現象は攻防を逆転させてしまうに足りるであろう
エルドレは全軍に退却命令を下すが その伝令が駈け出している最中にも怪物どもの逆襲は獰猛を極めエルドレの影はますます薄くなってゆくのである
猛威を振るう邪悪な粘菌類は容赦なく体液を求めて絡みつく
軍隊は蜃気楼だ
エルドレはもはや立ち上がることも能わずにじりじりと地を這って逃げ回る
今にも光と同化せんとする幻の純血同盟もただエルドレの写し絵である
灼けつく光の大攻勢に乾ききった熱い岩肌を露わにした道の際を越えその蔭に躍り込むと エルドレは岩の間に不思議な植物が匿されているのを発見する
掬み上げるとちくりと指を刺すのである
褐色に萎びて今にも崩れそうな屈曲した茎がさっと青みを帯びるのを見て エルドレの記憶簿の頁に艶やかに朱で記された毬華葛まりげかずらということばが浮かぶ
毒には毒と呟くと 最後の力を振り絞って毬華葛の干茎を吸血鬼どもに投げつける
エルドレの消え入りそうな影たちもてんでに投擲する
おお 海綿様繊肉質の内部をもつ茎は液体の獣に突き刺さり その汁をまたたくうちに吸い込んでしまうのである
ぐえーっという低い呻きが谷を揺動すると みるみる成長している植物に絡みつかれて怪物どもはどんどん小さくなってゆく
今や塵と化した怪物どもは 彼らと入れ替わった蔓草の茂みのうちに密封されているのだ
何という対症療法の見事なる勝利であろう
怪物の呪縛で実に数千年の荒廃を余儀なくされていた城は 栄光も艶やかな祝福に充ちて 蜃気楼のように荒涼とした砂漠の真ん中にその華麗なる姿を浮かび上がらせる
神々と呪わしきものたちとの諍いはここに終結をみるかのようだ
だがその邪悪なる物語は姿の定かならぬ主人公と同様の姿態を取るに過ぎないだろう
滅びるものはあらゆる滅びの予見である
蟻地獄の逆円錐の壁に囲まれた底では 鬱蒼たる悪魔の灌木がすでに赤褐色に萎えた不吉な陽光に映えて妖しい気配を漲らせている
聖らかな至福に充ちたボウの叢とのなんという対照
母と妹の三位一体であるエレアとの恋はいずれに属するのだろう