魔の満月 ii – 1(世界創造説コズモガニーの窈窕な……)

巨大な岩の据えられていた避難所からエルドレの運ばれてきた北の際まで 小川のように産褥の血がおびただしい
あの入口と出口とを兼ね備えたアストロラビウムはすでに妖婆たちの棲む深いクレヴァスに転げ落ちたのだろうか
もう跡形もない不思議な巌を通じ エルドレにいかなる変化が齎されたのだろうか
夢の効果は生理作用にまで及ぶのか
凪の時刻に潮の香が仄かに寄せる
潮下帯の岩場で海老刺網を用いて獲られた海老やザリガニの種属である体長数メートルの巨大な蟹を真っ赤に茹で 大味を加減するためにタルタルソースや甘酢また酢醤油で食す
海の羊肉といわれる鮑や海藻を化粧品として摂る栄螺さざえを殻から取り出す
柔らかないなだを味わい こりこりした鯵を頬ばる
茗荷を箸休めに添えるのもいい
辛口の美酒をたらふく呑んで酩酊した高所恐怖症の男が千鳥足で浜辺を散歩の途中ズボンを破る
熟した柿は烏の格好の餌だ
山道には風に飛ばされた蜜柑が散らばり その中を杖に縋る中風病みの百姓爺がゆっくり登ってゆく
晴天の薮に蹲り詩人は年毎の錘を垂らす
蘭の奇怪な花弁から発せられるくらくらする匂いの中で 青い蝶の標本が見世物小屋の轆轤首の女に重なる
漆喰でできた飛天のように 風呂場で転倒する盲目のモーモスは八方睨みだ
釣鐘のような巨根に幸あれ
ポルボイ・アポローンの馭するチャリオットの轍を残した蒼穹には苦行が待つのだから
薮睨みの狂犬に出会えば運命の女神モイラの鋏に追い駈けられる
呼鈴が鳴れば毒入りのコーヒーが待つ
ええい 栄光などは名工ヘーパイストスの造る拍手係に任せておけ
六芒星章の北端に位置する未踏の帝国
その屹立する山巒さんらんの頂を仰ぎ エルドレは身を切るようなおろしに裸体を晒している