魔の満月 ii – 1(世界創造説コズモガニーの窈窕な……)

猿たちも衆人環視の縄張りでは極度に神経過敏だ
赤ん坊が放り投げられる
熱帯植物園の不透明な円蓋の中で 尾の長い鳥や王冠を戴いたけばけばしい鳥が布を裂くような悲鳴をあげる
だが船酔いしない者は航海の間中ひどく退屈だ
夜汽車に揺られ酒を呑んで眠ると 目的地の真夏の炎暉が疲労と頭痛をからからに乾燥させる
山の中腹に立つ朝市は雨の恩恵によって幻の文体をもつ
浜辺で襤褸を纏った漁夫が蝿のたかるにまかせた新鮮な幸を大きな包丁で叩き割る
ぽっかり口を開けた洞窟を抜けると エルドレの眼前に感銘すべき自然の造形が現れる
おお 瞠目すべき絢爛な光の饗宴
海は望郷の如くエメラルドの華麗な夢を擁くのだろうか
虹のように変化する波はゆるやかな優しい稜線を描き小舟を迎える
弓なりに海洋を支える高い陸地はオリーブやオレンジの果樹に埋もれ 水平線と交わる所まで明るく豊かな緑を燦かす
飛沫に洗われる鋸状の岩壁
屹立する黒い巌
飛石のように連なる小島
サッフォーが美しい裸体を投げ出したレスボスの険しい断崖
彼女の歌はセイレーンの甘美な咽喉を介して何処へ流れてゆくのだろう
三叉のほこに掻き回され純白の潮を吐く渦が無数
翼をつけた少年の失墜した海よ
琥珀のように滑らかな沖合はありとある愛の悲劇を呑み込み 静かなうねりを永劫の涯まで繰り返す
うねりに抉られた水晶球に世界の歴史は封入されているのだろうか
波頭に勢いよく首を突っ込んだ海鳥が笛のような音を発し 青い空に舞い上がる
太陽は中天に座し燦々と豊かな恵みを注ぐ
緑の海洋はディオニューソスの祝福を浴びまろやかな歓びにあふれている
一筋のリボンのようにしか見えぬ赤道が生命の鮮血を与えるように
あの百人の武将が乗り組んだアルゴー号のごとく豪快なほばしらに銀箔の帆をはためかせ 三層に及ぶ櫓の並び 船首にユーピテルの雷霆を銜える大鷲を装飾したガレー船が沖の方に碇泊している