魔の満月 ii – 2(エルドレは周囲を見回して……)

相手は反撃にひるみ 慌てて拳を上向きに構え しゃくるようにしてエルドレの腹を抉ろうとする
接近戦が開始されラドルの人々は一斉に立ち上がる
興奮の坩堝に陥る
口角泡を飛ばし 足踏み鳴らし 両手を振り上げ 怒涛のごとく勇者の名を代わる代わるに喚く
ボウの変幻自在の叢が驚き中宇に舞い上がる
エルドレは左手でソロドネスのアッパーカットを払いのけ 顔面に迫るパンチを上体ぐいと反らして躱す
そうして相手の懐深く飛び込むと 腕よ貫けとばかり左ストレートを鳩尾みぞおちり込ませ 途端にふっと浮いた咽喉元に渾身の右アッパーを炸裂させる
オルリー公が上気した眼を輝かせ儀礼用サーベルを鳴らして躍り出る
群衆も歓声をあげて観覧席から雪崩てくる
紅蓮に染まる放物状の帯が空中に架けられる
強烈な一撃は顎を無残にも打ち砕き ソロドネスの巨体を仰向けにゆっくりと宙に漂わせ 大きな地響きとともにボウの叢の中に沈める
意識を喪失させながらも このつわものは人差指を伸ばした腕を天に上げ敗北を認める
エルドレは 汗と血と泥に塗れた逞しい好敵手の躯の中心でおくびあげ 果実のように柔らかく弛緩した逸物に精一杯の優しい接吻を与える
王妃エレアは頬を薔薇色に染めてこの若い勇者に熱い眼指しを送るのである