魔の満月 ii – 3(天幕を裁断する玲瓏な光が……)

ヴォワイヤンにとって一瞬の眩暈こそ最高の至福である
おお いかなるカルマとその秘法が彼らを律するのか
暖かな陽光が充ち溢れ 波は静かに辷り 緑に囲繞されたおだやかな海洋が蘇る
エルドレは目前に迫る島に向おうと 滑らかな琥珀の海面に優雅秀麗な弧を描いて飛び込む
船首に金箔で記された“蒼白の勝利”という銘を見ながら
飛沫が虹を織り清涼な水が快い
蛸や烏賊や飛魚が鮮やかな抜手を切るエルドレの白い裸身に添って泳ぐが それ以上忖度することなく 潮の流れに従い離れてゆく
ムーサーの九人の女神なによりもエウテルペーの宝石箱を開けると 金属の表紙で綴じられた“霊魂の受胎”が発見される
外套と帽子を纏って灰色の町に消える
扁桃型の酔眼を瞬かせ交番の前で悪夢を吐き おもむろにズボンを脱ぐ
それから清晨の明るみに向ってマラソンを始める
夜にはまたまた深酒し肉離れだ
栴檀せんだんの香を薫じる口髭を撫で女児の華奢な膝に触れて屈み込むと 白亜紀の葉紋を宿した化石が手に入る
山奥の小さな泥沼で塩辛蜻蛉や鬼蜻蜒が尻尾を水面に叩きつける
瓢箪池でずぶ濡れになって愛した少女が歯切れのいい声でイシスとホルスの来歴をそらんじる
おお忘却をこいねがう神々の連祷
風籟のように他愛ないアグリッパよ
神父が聖地巡礼の旅からマントを持ち帰る
少年記者はバスに乗ってこの不審な男を尾行し 三番目の停留所を過ぎたあたりで額に虻の埒を頂戴する
薔薇の花を頭に咲かせひかがみにもうひとふんばりさせようエルドレよ
海鞘ほやの筋膜体で北の楽園を生食する
つばさ沙蚕ごかいが発光すると内臓に毒をもって黄金時代は皺苦茶になる