魔の満月 ii – 3(天幕を裁断する玲瓏な光が……)

双斧の間などは三度も出入りしている
それで右手を壁につけて歩き ようやく階段に戻る
だがそれも最初のものかどうか定かではない
再び旋回する階段を昇り三階に達する
いやここは四階であろうか
そのときあのひたひたという気味の悪い音が明瞭に聞こえる
薄暗い廊下で迷わぬために右手を壁から離さない
人身牛頭のミノタウロスの棲む王宮ならば道順を記憶しておくのが肝要だから
様々の壁画を飾った部屋やポーチを順繰りに通り 曲がりくねった廻廊を辿る
途中幾つかの不規則な階段を昇り降りする
両扉を備えた大きな部屋に入ると あの不気味な音が途絶える
しんと静まりかえった広い室内の奥には背凭せもたれの付いた石膏石の玉座が厳かに据えられ その背後に鉤爪を尖らせ翼を拡げて相対する二頭の金箔のグリュフォンが睨みつけている
エルドレはこの玉座の上に蒼白に燦く一対の黄金のサンダルが置かれているのに気づく
そのサンダルの甲当てには雲の模様と翼の模様が彫られている
いかなる力 いかなる神意なのだろう
何の前ぶれもなく このサンダルは玉座から飛び上がる そして狼狽するエルドレの傍を掠め 暗い通廊の中に妖しい光を放って消えてゆくのである
ひたひたひたという音を伴って
エルドレは生命を吹き込まれたサンダルの残す微かな光芒を頼りに追い駈ける
ダイダロスの建造した迷路はエルドレを奈落の淵に誘うだろう
屈曲した建物を我をも忘れて徘徊し ついに一切の光が射し込まない場所に到達するのである
上下左右前後方はことごとく意味をなさない
時間を眠らせるような黴の澱んだ臭い
ぼろぼろに崩れたかのような空気
あの奇怪な光が嘲るごとく点滅する
地底深く迷い込んだエルドレをこのアリアドネーの糸巻きは何処に導くというのか