(モノローグめいた断片)
夜は夜
永遠は永遠である
無は無である
世界は世界である
――ただそれだけの……
僕は僕ではない
愛は愛ではない
悩みは悩みではない
僕の子供が咳をした
明方は霧の中に霧である
僕の妻が目を覚した
明方は血の匂いがする
永遠はほんとうに永遠であるか
無はほんとうに無であるか
世界はほんとうに世界であるか
――すべては夜であった
ファロス
僕はひどく曖昧なものしか絶対と認めたくはなかった
僕はひどく悲しい出来事をしか愛とは呼べなかった
ここに背の高い琥珀色のグラスがある
そのなかに冷たい麦酒が命をちぢめている
僕はひどく世の中から見放なされていることに微動の思いもなかった
僕はひどく物想いにしか耽らなかった
僕は僕という言葉が嫌いであった
僕は僕という言葉がひどく辛く思えた
この掌のなかに 僕は僕のファロスを掴んでいた
掌にぼくは――
血を吐いた 血の匂いを嗅いだ 血痕を掌に見た
時代は過ぎた 時代は間に合わず 時代はぼくを擦り抜けた
世界は涸いた 世界はなかった 世界はとうに死んでいた
ぼくは書きつづける
ぼくは書きつづける
ぼくは血を吐いた ぼくは血の匂いにひたった ぼくは血糊を胸になすりつけた
ぼくは時代をとぴ越えた ぼくは時代を踏みはずした ぼくは時代を擦り抜けた
ぼくは涸いた ぼくはなかった とうにぼくは死にたえる
けれど
ぼくは書きつづける
ぼくは書きつづける
(初出 詩誌『アンソロジィ'82』第10冊(終刊号)/1982年12月刊/編集・同世代アンソロジィの会 1982)