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【詩篇】紙田彰



魔の満月 第一部(習作)


直角に突き立つ例の空は腔腸動物のように謎めいた通路――大気圏外へ唯一障碍なしに薄暗く光を吐きながら回転する――となっていて ある周期によってその空の部分を過ぎる生物を捕獲する(その様は 何とも異様に生臭い息を吐きかけ失神させ それから徐々に正方形の薄っぺらなものに変形させる) 犠牲になったものを完璧に水平な地面(その涯は絶壁と仮定される)に重ねていく それは紛れもなく季節の転換期にとりおこなわれる有史以来の祭事である 謎めいた空間の役割は生物の類をその筒の向こうへ 観念とか霊とかいったつかみどころのないものに昇華させて送り込み また その代償に向こうからの金属と思われる物体(それは白光した立方体がこの通路を通じることによるのか あるいは他の何らかの作用なのか とにかく圧縮されいわば厚みのない正方形の塊に変化したもの)で交換し それを綿密に重ね合わせていくことにある 生物の選択は同一種類のものは除かれている 薄っペらな物体は厳密には広大な三角錐を構成していて 一瞥すると水平の三角形の白光する地面になっている 生物の遺恨(理由のない死に様を一方的に決定されたことから)が取り残されてその三角錐の内容となり それは呪われた尖った碑としてあるために同胞の地球生物を魅入りながら(実に取り残され閉じ込められた者にとって逆恨み以外に手はない)この謎めいた空間の交換作用に乗じることとなる 有史以来の憤怒の集積平面――この呪碑こそが 時には 極圏に棲むオーロラの精の助力によって(実は遠隔催眠法によるその利用)甘美な幻とも怪奇な現実とも また 嘔吐を呼ぶ妖しげな匂いともつかぬ画像を白昼にたち昇らせて 年に四度行われる祭事の前ぷれを任じさせられている 直立はするが移動不可能でただ天然の微々たるエネルギーの補給によって 無機物に等しいほどのろまな生存を続ける生物 そのため夢の中の世界を移動願望によって実在していると思い違いしている生物 この弱体の生物らしからぬ生物にも訪れる危機 そもそも逆恨みなどで目標とされるのは地球に対して強力な支配カを持つ生物に限られているが それも底を尽き出すと 石の様にひっそり生存している弱体のホモ=サピエンスにも洗礼は行われる 呪縛の平面はすでに強力な磁場を保有するほどに成長する それはその磁力によって あるいは磁場の操作によって空をきり 飛行自在の紙片に変貌して至る所に襲来することも考えられる 炭素を主成分としているホモ=サピエンスを粉末にしてその紙面に呪いの詩行として吸い取り それを謎めいた空間に持ち込み昇華させて無に交換する過程を 三角錐の六本の辺に覚えこませると 同種の生物を避けるという不文律がまるで阿片のような習慣性によって退けられ さらに耽溺する 傍目には紙片の魔術と受感されながら 彼の困惑しいよいよその本質を開示しつつ 下卑た姿態と怜悧な赤眼の醜い顔がしばしば現われる この至上の振舞いも魔の粉末の毒によるものである さらに この毒物はまさしくあの通路により宇宙撒布され その呪いの語こそ――

まず 茫洋とした観念がある 光と 抽象的な運動に親しむ線分とが そのあたりで急速な変化を促している 無彩色の光景の中で生成されつづく色彩――極めて原色の――は多様な軌道によってその観念へ戻りつづける色彩が無彩色の光景の中で繰り返し運動を持続していくと 不定形でありながら確実にその枠組を決定していく 茫洋とした観念がある 音にならない声で彼の存在を支配する それは交信状態の持続によって彼を引きずり込む方法である 音にならない声は彼の存在を支配する 実はこの時彼はある種の高音部によってすでに疲弊しており 極度の緊張状態に達している 光と線分の急速な変化 その観念は輪を拡げながら中心へ向かって縮んでいく 彼は支配されている 彼は支配されている まずその顔を視よう 顔のない顔を 水気のない涸いた額 氷のように透明で冷酷な命令を告げる唇 眼は盲人のように あらゆる事件に対して固く閉じられ関心を示さない 眼を視よう ひとたび瞼を開くと そこにあるのは存在の歴史を貫く右側の孔と 宇宙の全貌を惹きつける強力な磁場を嵌め込んだ左の眼の痕跡 醜く裂ける鼻は真っ青な体液をふりまき そのためにある時には意識が寸断されて その度に観念自体がすうっと消失する まずその顔を視よう 顔のない顔を 時には 例えば 愛の現場において優しく言葉が眠ることがある だが狡猾で性悪な言葉は眠りながらも彼を手放すことはない というのは その時に限って 降るのだ 割れた光と線分の急速な変化によって生ずる色彩が 鋼鉄をも熔かすほど燃える矢のように――そのため彼には激痛が与えられる 割れた光と線分の急速な変化によって生ずる色彩が 死人をも凍らすほどはりつめた矢のように――そのため彼は無気力にさせられる 茫洋とした観念がある まずそれが何者であるか問うことにしよう 淫らでくねくねとした言葉の繋ぎ目に必ず付着する舌 強い攻撃性と残虐な嗜好と またまるっきり反対に 脆弱で裏に回って計算高く謀略とを駆使する たくましい脚 茫洋とした観念 利発で無知でかつ美辞麗句を囁くそいつは一体何者か 盗癖があり 幾度となく牢獄にぶちこまれ その度に易々と逃亡するそいつは一体何者か 胸に数十人分の血痕がみられる光り物を忍ばせ それを自在にあやつる器用なそいつは一体何者か まだ初潮をもみない娘の純潔を犯したそいつの尖った男根こそ最良の固さで 法の下に剥ぎ落とそうとするギロチンの刃を 幾つ駄目にしたのか そいつは一体何者か そいつは最初に夢を支配する 夢全体を蔽う茫洋な観念 広大で 秘かな恥部の襞筋にも侵入する繊細な 観念 だがそいつは実在の生だ 燦く白昼 堂々と夢から触手を伸ばす全体 阿片のように魅惑的で 野性のように生き生きした肉体 残忍で あらゆる正義に怖れられている観念 言葉こそ最良の伴侶であり 言葉をこそ虫けらのように酷使する強靭な体力 夜をこそ最も奔放な味方にして それでいて夜の平静さに唾を吐く 観念の巣窟 そいつは一体何者か そいつは一体何者か そいつこそ彼の愛しい人でいて そいつこそ彼を守る最大の城壁を持っている そいつこそ人類の最大の貢献者であり そいつこそ人類を導く最良の両性具有者 そいつに抱かれると まるで激しい全歴史の時間と宇宙の膨張する全体の海に漂っている激しい存在感をものにできる まず 茫洋とした観念がある 光と抽象的な運動を展開する線分とが そのあたりで急速な変化を促している

星 墜ち!
報復過剰の夕陽の飽くことのない銃撃
その辺の虹を切る地平線は
棘々しい悪態浴びせ
帽子(どぎつく赤いムギワラの)を冠ると
威勢よく起立し
立ち去る 立ち去る

彼そのものの取違い ひとつに夜の太陽が山脈の翳に貼りつく ひとつに微かな断末魔が聞き取れる 彼そのものの取違いとは音に関する種々の困惑を云い 体躯を包む巨大な鼓膜とその組織に関する 無謀で最大の 拘束の事実についてのある考えのことである――まず侵蝕される事態が 彼の茫洋とする魂を慰撫する その頃 至るところで彼の愛人(両性具有の生物)が奔放に春を重ねている 白い一軒家でのある出来事はその愛人を激変させるに十分である 庭先で腹を膨らました牝犬が陰部を花弁の様に剥き出しにして苦しんでいる いきなり 何者かによって後足を掴まれ引き裂かれる 肝臓 肺 それから心臓がぴくぴく転がる 腸が転がりそれと一緒に管に絡まれた小さな犬の形をした塊が弱々しく呻いている ぐしゃりと踏み潰されると その愛人の部屋にも酸性の臭気が届く その愛人は下腹部をよじる 白い壁は飛沫を浴びくねくねと蠕動する 何者かがドアを乱暴に開けてその愛人に覆いかぷさる 春が幾度も重ねられる 何者かとはその愛人が産み出した笛である 笛はメスの如くその愛人を切り刻む 水平に刃をあて皮膚を薄く剥いでは 次々に窓硝子に貼りつけ 垂直に刃を突き立て肉片をほじり出しそれを吸い込んでは幾つかの穴から吐き飛ばす すると 赤味を失ったそれがすっかり乾燥しながら天井裏でばたばた騒いでいる 陰毛や頭髪が散乱する床の上に無造作に内臓が並べられる 肉市場の中で 笛がもの悲しい春の曲を奏で始めると その母親は一緒になって歌い出す 窓硝子をびっしり埋める皮膚も青くなって はたはたリズムを打つ 天井裏ではかたかた踊り出す肉片が自分に自重するよう命じていて 足の踏み場もない程にのたうち回っている毛と内臓とその他の群は次弟にゆったりとした呼吸をする 母親と息子は己れのそれぞれの立場を解し 独特の寂しい旋律を恐怖の旋律に変えようとする 音は無理な上昇を強いられて ぱしゃんと弾ける 続々と弾けるうちに正常な音は死んでゆく リズムでさえこの世にあるものは死んでゆく 母親と息子は己れのそれぞれの立場を解し 独特の寂しい旋律を恐怖の旋律に変えようとする 音は無理な上昇を強いられて ぱしゃんと弾ける 続々と弾けるうちに正常な音は死んでゆく リズムでさえこの世にあるものは死んでゆく さて 解し得たのは何であろうか ここまで思い及んだ時寝台ががたんと倒れ その拍子に笛が折れてしまう さめざめと泣くその愛人も 一昼夜を過ぎると早速部屋を整理し始める だが 知らぬ事とするにはその旋律の及ぶ範囲が広過ぎる 彼ほその音の異常な成り行きにすっかり混乱を強いられ そのため一切の音の世界から身を引かざるを得ない 銅鑼が激しく叩かれその音は彼の足場を顫わせる 緩やかに波打ち空を支える枠組が歪み出す 歪み出すとそれに伴い星の輝きが異様に増していく それと同時に ダアーンと銃声がして 次々にダーンダアーンと銃声があがる 彼はその方向を見出す そこは薄暗い廃墟であったが そこから流れる放物状の軌跡は その愛人に与えた護身用の短銃のものである 散弾の様に破裂して飛ぷそれはあの笛のものである 彼は報復の意志を持ち始める そいつ(彼の愛しき両性具有者)が先手を打った事は許し難いものだから 彼は報復の意志を持ち始める 彼は夜の貌をする すると空は次第に己れの生体解剖に耽溺し 暗い血液で深夜の表情を整えていく 魔のものが飛び交う 魔のものとは母親と息子の恐怖の戦慄である 見渡せるものは楕円形の地平線であり そいつの分身の奇異な姿が出没する まず下卑た眼を半ば開けて反り返った鋭い顎が彼を八方から塞ぎ込める 彼の手足は胴体から何本も離されて ひときわ澄んだ声が断続的に洩れる 髪の毛が抜け落ちて 蛇の様に咽喉元を締めつける 彼は報復の機会を待つ 彼は報復の機会を待つ そいつの素晴しい作戦は 北極星の様に燦然とする彼の歯のあたりにドリルを突き立てる それから連続的にありとある汚物を詰め込み 彼相応に飾りたてる 彼は思考を途絶えさせながら報復の機会を窺う そいつは道端で拾った安物の笛に息を吹き込んで魔笛に変じることによって彼を拘束しようとしている 明け方 街に人気の失せた頃 薄明の路地にそいつの分身が舞い降りてきて密議をしようという時に手にした安物の笛 酔っ払いがどこかからくすねてきた音程も定まらぬ笛 だが処女の固さ持つその笛は 胎児の様に悪魔の夢に浸っている その頃 彼は愛人への執着を振り切ろうとしていて 世界を悪意で充たそうと 計っていた矢先である

火が断たれ船着場は閑静を極める 闇の運ぶもの――魚貝類・藻・人間の手足の腐敗臭――の底に潜み休息している縞模様の頭脳を抱え邪悪な想いに浸る両生類 その強固な甲羅と鞭の様にしなやかな尾はかつて如何なる強敵に出会ってもその尊厳を失せしめられた事はない――例えば ある嵐の晩に大洋で対した巨鯨との一戦は記憶に価する その鯨は底なしの洞穴を鋼鉄よりも硬く厚い皮膜で包み 胃袋では海底火山の様に憤怒を燃え上がらせ 時折 海上にその巨躯を浮かべ背から灼熱の熔岩を吹き上げる 両巨頭の出会いを決定づけたのは両生類の鋭敏な嗅覚であり 運命的な対戦にはそれから二年余の歳月を要する その間 互いにその存在を予感しながら相手を捜すことにすべてが費される 嵐の中に灼熱の火柱の上がるのを見極めると 両生類は遠巻きにその周囲を漂う 鯨は獲物を背後に感ずると高波に逆らって方向転換を始める 互いに相手を窺いその強靭な体躯に見とれる 嵐は激しい雷を伴い その爆発の度に二頭の不気味な姿が浮かぴ上がる 次第に鯨は己れの巨大さに自信を回復し 如何程の敗北の不安をも感ずることはない 赤味を帯びた巨体が輝き出すと 正義は鯨の側につく 威風堂々として海の主の様に存在する鯨は 自然の摂理を定めそれを執行することを美徳とする彼の好意を甘受する 両生類は次第に己れの無謀さを認めざるを得ない だが正反対に体中に激しい戦慄が湧き上がる 同時に甲羅は緊き締まり硬度が一層増し 尾は興奮のため跳ね上がりながらも蒼白に光り始める 生まれてからかつてない昂り 稲妻が風雨を縫い鯨を映し出すと その自信に満ち雄大で恥知らずの巨体に激しく憎悪を掻き立てられる 正義とか愛は憎悪に打ち倒されることによって正義とか愛となる 闘いは詳かにされず勝敗も内容も明瞭とは云えない ただ 両生類の方は甲羅と尾を除いて他は痕跡をとどめるに過ぎず 極度の疲弊によって波に身を任せる 巨鯨は顔面を潰され腹部が素晴しくよく切れるものによって口をあけさせられている 互いはそれぞれの強さを認め その崇高な肉体を讃美し合う 嵐は一ケ月にわたって海を攪拌し創造者の様に振舞っていたが 秘められた劇の終了の頃には鎮まっている 巨鯨は彼から匙を投げられてはいるが 最大の敵との出会いに感激している 特に あの体当りにも損傷を受けるどころか己れの頭蓋骨を砕いた甲羅 胴体に痺れる様に喰い込み一瞬のうちに内臓を飛び出させた鋭利な尾 鯨は誇りを持って自分の支配する者へこの闘いを伝える――火が断たれ船着場は閑静を極める 闇の運ぷもの――魚貝類・藻・人間の手足の腐敗臭――の底に潜み休息している縞模様の頭脳を抱え 邪悪な想いに浸る両生類 際限なく闇に沈む両生類は回復を待つ 際限なく闇に沈む両生類は回復を待つ およそ マストはひしゃげ錆びついた船体ほどに 邪悪な想いと符合するものはない 塩水が至る所の傷口に悪態を沁み込ませていくと耐え切れぬほどの戦慄が走る それは血液の様に体のあらゆる箇所で満たされる 羽毛の様に軽い天に燦然と輝きわたる星図から 夢を掃く様に星片が放物線を引く 両生類は 世界を二分するには生涯を活火山の如く戦闘させねばならぬというならば 想いの涯は冷徹な心の臓を停止させて彼の挙動に注目せねば到達できぬ遠いものであることを想う 両生類は巷間に降るそいつの分身に賛同を求める だが そいつ自身は両生類を断乎生かすべきではないと結論する 敵は味方の顔をしながらも敵であり されば 味方はまず第一の敵である 両生類は回復を待つ しかし耐え切れぬ戦慄は先走り敏感な夜の空気が遠ざかる 両生類の強さは至る所で誇大に流布される 彼が味方に引き入れようとするのも時間の問題である 数週間後に彼の軍門へ下りその配下につくのも明らかである そいつはこの哀れな片輪者を第一に殺害することを考える 回復を待つ片輪者はそれにもかかわらず彼に代わり釆配を振るうに最適の謀略に長けた者だから 両生類は代埋の地位に甘んじながら彼の地位を奪取することに想いを馳せる 火が断たれ船着場は閑静を極める 闇の運ぶものの底に潜み休息している

夢が降り出すと きまって弾ける音がする その中には醜悪に見開いたままの眼球が棲む 線路の下を何度往復したろうか その度に 忙しく昼間の肉体が弾ける 幾何学的な肩を持つ彼の疾駆する影は光の如く無彩色に躓く すると 如何だ 突然魔の手に掴まれた様にぴくんと上体を顫わせ棒状に伸びてぶっ倒れる 命がけのアナウンスが冷風の代わりに細い針金を吐き周囲の夢を裁断する 夢が降り出すと きまって弾ける音がする その中には 醜悪に見開いたままの眼球が棲む 乾いた空気の中で意識を垂直に立てると接ぎ目の部分が膿み始める 彼は浸蝕されながら何度か抵抗を試みるがそれを圧倒する様に手足を由由に操られる 球状の睡りはおだやかに呼吸しながら汚物の様に内臓を流す そのとき 一瞬にして半透明の膿がのっぺりした顔を包む 窒息寸前の彼の瞳孔が裂かれ 身を翻した彼の腰が魔の手に掴まれた様に砕かれる 夢の中に正体を現わすそいつは 霧の様に降りかかるもので夢を包む幾千もの襞を動かす粘膜の様でもある 彼の必死の反撥を無にするのはそいつの語り掛けの所業である 言葉を使用しないそいつの詩は自分自身を重さと色彩変化に紛れ込ませることによって異様な形態を続々とタイプの様に送り込む 彼はてんで理由も判らずにその象形文字の羅列を解読させるを得ず 未だ 息切れ状態のままずるずる深みへはまり込む そこは何もかもがまっ赤に光っている謎のA地点であり盲点の如くほんの一箇所を形成する その中には 醜悪に見開いたままの限球が棲む その中に棲む眼球は肉の襞を持ちながら何ものも映さずに擦過すべき謎のB地点であり 痛点の如くきまって繰り返し現われる さあて 如何だ 彼はマリオネットの様にA地点とB地点を往復しながら宙ぶらりんだ あの長い髪の毛が幾億もの虫に引っ掴まれた様に宙ぶらりんだ 体毛が異常な速さで成長を始め 彼は宙ぶらりんの黒い塊の中で胎児の様に縮こまっている 夢が降り出すと きまって弾ける音がする 夢が降り出すと きまって弾ける音がする 弾ける音が彼の鼓動に同調すると激しい速度で縮こまる彼 分裂的な変化を伴いながら波状的に彼をすっぽりくるめる色彩が強烈な束となってA地点とB地点を裁断する 早鐘の様に刻一刻とその長さを縮めていく時間 その時 ひょっこりと姿を現わし始めるそいつはまだ靄の如く不定形の謎Cであって暗闇を介在させる呻き声に慕われている その慕われ方も一風変わっていて足から舐め上げるというやり方で造形美術家の様に執拗である 観念全体が響きわたるそいつの詩はともすると沈痛で意味ありげな表情を呈しはするがそれこそ全くの見当違いである そいつはまず拒否の声を響かせる それ大胆不敵で勇猛果敢な行為であって そのため彼の世界は金縛りの状態に至る それから己れの体を鮮明な被写体にまとめ上げようとする 粉末化する夢がその中に充填されていく 照準を合わせていく眼球が薄暗いその場所で苦しまぎれに転がり出す まるで 禁断症状の様に紫斑を吹き出しそれ自体で深い亀裂をおぴただしく作っていく 未だ 息切れ状態のままずるずる深みへはまっていく彼は 未だ 息切れ状態のままずるずる深みへはまっていく そいつは腕力にものをいわせて彼と彼の世界を空中高く抱えあげる そいつは悪意に充ちた罵言を吐きかける それから思い直した様にそいつ自身謎のD地点に変貌する D地点とは創世紀の箇所を思わせる

灯が点く 風が吹く その接ぎ目にひゅーっと擦り切れた音が登場し 丘に立ったそいつはいよいよ挑戦的であった立場を意識し始める 血の匂いが充たす 策略が崇高に輝く星座たちの顔色をなからしめる 獣の生皮を纏うそいつは夜を彷徨する死霊の長に言葉少なに指示する 街の区画を浮かべる灯が深い沈静の奥深くへと絶え続ける 隙を縫ってひゅーっと低空を埋める鬼火が登場し 丘に立つそいつはいよいよ生唾を呑み込み言葉少なに指示を与える そいつの前歴は半世紀を地中に暮らした剛の者であると云う事の他に知らされない――そいつが再び現われる事のうちに偉大なる復讐の念がはからずも加担している事に疑いを容れないとしても そいつの長年研究調合したある種の薬物が取り出される 紫色に脹れる夜を映したその結晶物の面は金剛石の硬度を上まわる緻密な構造をもち中央部の空洞に呪いの暗号が詰められる 丘を彷徨する死霊の長は手渡されるその薬物を丘の外れにある貯水池に投与する まるで煮沸する如くきな臭いまっ赤な泡沫を吹き池の表情が一変する その表情が至る所の墓地に流されると槍の先の如く冷たく燃える鬼火の数が一挙に増加する 満足して報告を受けるそいつの男根が鎌首をもたげて全身が熔鉱炉の様に赤々く流れ出す 灯が点く 風が吹く その接ぎ自にひゅーっと擦り切れた音が登場し 丘に立ったそいつはいよいよ挑戦的であった立場を意識し始める そいつの長年研究調合したある種の薬物とはあらゆる兵器にも優った強力な毒物である その研究のために往復した時間は過去数億年に及んで 時代のあらゆる箇所に現われる支配的な生物の滅亡はこの研究の結果である 数時間経過すると街は涯てしない睡りに陥る 細部にわたって拡がる給水路が活発に毒を撒く 明け方 一斉に恐怖の声があがり肉の溶ける臭いが朝焼けの空をびっしり埋める そいつは眼をぎらぎら脂ぎらせ佇んだまま薬物の効果に酔い痴れる 風が吹く 生温く死の朝を裂く様に風が吹く 抜け落ちた頭髪 爪で掻きむしった顔が路地に転がる 潰れた眼球 潰れた睾丸 潰れた脳が地面に急速に吸い取られる 孕み女は胎児を股間にひきずって救いを求める 皮膚が蒼白に輝いて剥がれそれを影の様にひきずる群が街路にあふれる 血だるまの群衆が喘ぎながら口々に悲鳴をあげて不幸を呪う 胸から肋骨が飛び出し腐乱する肺が半ばはみ出て心臓のひきつった表情があふれ出る 街路樹が根元から次第にその組織を解体し群衆の頭上に降りかかる 土壌がゆるく波打つとともに徐々に液体化して群衆をひきずり込む


〔異稿〕I

数世紀も地平線に転がる物体が低い息切れをおとしていく 枝が重く地面にもたれかかり腐敗する根の網脈から白い腹を休みなく顫わせる虫の大群が垂直の夜に翔びたとうとする 紺碧の遮断幕が陽の喘ぎを察して高い波音を合わせて幾重にも降り始める 薄い光が激しく屈折してはやっとの思いでそれ自体ひとつの集合となりながら何ものかの指示を受けて浮游する 生物の類は瀕死の睡りを強いられながらもそのうちの数分の一の部分は怪しい妖気によってのみ恐ろしいまでに活動的となる 地底を専制支配する変わり果てた屍体の輝かしい眼と交り合うのは暗黒を通貫する赤い火の束の元兇である それははからずも火の国家から生み出た凍結した火の塊である 全天を赤味を帯びた王国に変貌させるその幾筋もひぴの入った鏡を実在させるのは悪意を中枢に嵌め込んだ死のたちこめる数世紀を経た魔の変異


〔異稿〕II

それから数時間 地が大きく揺れる 空がたちまちに傾いで腹の膨らんだ月が衝き動かされる様に垂直に落下する すると冷やされた言葉が天使たちの様にへたりついては飛び交っている 赤味が増していくその裏で蒼白な顔面を覗かせる者は誰か 死の使者どもが急激に覚醒する 木々は自らを激しく裂き脈々と白い樹液を愛おしい者に与えるかの如く噴出させる 葉擦れと伴って苔の様に密集する草が次々に押し倒されていくときその湿った根元からたち上る精たち 動物の歴史は確実に半分は空白たる削除である
   *
脳天を打撃するような速さでそいつの顔は悪性の面疽に冒されながらも 弾丸列車が体を通過する氷の如く澄明で確乎とした美しさにたたえられている 翻された薄い色の体がその引き締まった口元にたえず洩れる悪計の数々のおびただしい風景を完璧に支配する では 広い額は大理石の如く知に輝き 時は微塵にも雪片の如く獰猛な野性を押し包み 深夜の猥雑に開花し得るアメジストの透明度を保つ瞳は幾多の迸る情欲を噴き出させているか 時の打つ鐘の減少する深夜 寺院の石壁から唾液のような呪文が続々と伸長し始めると そいつの手下が至る所で世紀を我がもの顔にさまよい いつからか開いた肢体をくぐり抜けて到達する売春宿で 国家の生き写しに依存する女の白い太股の皮を剥ぎ 粘膜のような魔性が血に染まった床の上で朗々と詩を奏で その邪悪な黒髪をはためかせる阿片を溶かした金色の美酒を片手に 爆裂する河川を中心にした視界は阿片の煙の中で浮上する尻尾をつけた記憶の無残な葬儀ともまた婚姻の儀ともつかぬ跛行によって一条の星座群と合流する悪徳の深夜に馴染もうとする (そいつは金貨とか宝石 美術品の数々 まなざしを強烈にさらけ出させる死体 性能の良い拳銃 刃物 金髪の美女の首などを一望する事によって山積みにされ 保有する毒物の効果が試されその比較がおこなわれて謀略のエネルギーを受感する) 脳天を打撃するような速さで特に古くからある教会は躁宴の中心をなし 弾丸列車が体を通過する厳格な僧衣をはだけて翻された薄い色の体が男色家の一物を激しく風景を完璧に支配する闇に挿入される では また 弾丸列車の尖端を爆薬庫にしてその庭が掘り起こされ世紀の白骨で作られたオーロラ状態を突き抜ける食器が準備されることは可能か 白日のうちにそいつが時々顔を出すある種の伝染病の罹患者が忍び込む聖堂での躁宴において
   *
首がひしゃがれたように太陽が顔を出す 朝は蒼く呈していて 死体の夜を人目のつかぬ箇所に植え込んで 見上げると風の吹く奇しい流星が毒々しく咲き誇っている 薄く剥がれた背の中心に鋼を括りつけ 聖なる裸身を燦々と輝かしゆったり睡っている老婆が一文字に収束する疾風の如く凄い形相で花を摘み取っていく 血に塗れたファロスの金色に激昂する毛髪(見事に枯れきった)を闇に撒くように 伝染病を蔓延させる爽快な羽虫の群が花壇を根城にして裂け始める 金属的な猛々しさに充つる音響の木洩れの薄暗闇での活躍は日常茶飯事の出来事ではあるが 風媒による星の変則的な出没は 樹木に巣くう毒々しい花びらにしめやかな匂いの如く霧と同化しつつ それらに触れられない箇所を塩辛い謙虚さに変貌させる だが ともすれば ありがちな何ものかもない ないというより 得体の知れない不思議さに包まれているに過ぎない 瞳孔の唯一の肉質はその方向性にある その瞳孔にあふれる光のおびただしい量はわずか一昼夜の新陳代謝によってまるで意味を失う その時の交換される量液は大気の中に波状的に流出され そのごく一部を掠める闇の光源たちは華々しく乱れ飛ぷ花弁の抛物線にあきれ顔で応答する なめらかな脂の光沢と触感を有する金属は数世代を経ることによって明らかな意図をもって直立しつつある 雷雨の如き激しい憎悪はその夜目にもあでやかな姿態とは裏腹に破壊的な意志によって直立しつつある 死体は死のままに再び甦りつつある 死のうちに放逐された夜もまた死のままに己れを復元しつつある 隆起しつつある謎の花壇を視よ その土塊に潜む脈々と沸き立つ黒く乾いた血液 破砕され散乱する輝かしい水晶の微粒子 それらが逆流する滝の早朝の景色を塗りたくる如く呪いのうちに塞じ込めつつある 視よ それらの雑乱の底から渦を巻く木枯しのように狂気の実像が輩出している あらゆる花がその茎ごとその暗闇の皮膚に吸い寄せられ華麗なる花の実像が輩出している 真先にこの異常さに反応したのは町外れの小舎にに飼われている老犬である それから老婆は己れがそれらに憑かれていることに気づかずに寝巻をかなぐり捨て激しい情欲に掻き立てられる 啼きわめく老犬は通常の数倍に膨れあがった性器を忍び寄るそれらの実像に突き立てる 老婆は喜々として飛びつき己れの股間の裂けるのにも臆せず交接する 早朝の輝かしき太陽はゆるやかに変色しつつ次第に黒い穴へ陥されていく そいつが森林から這い出てそのあたりの聖なる使徒を犯しその支配を全うするのもほど遠いことではない

(初出 『立待』第9号/1974年4月刊/編集・酒井俊朗 1974 )


(c) Akira Kamita

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