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詩集「魔の満月」 貝殻伝説

貝殻伝説

ゆけども間断なく書物はめくれあがる タロットを用いて彼らを呼び出そう 光は失われているのだから 闇の彼方から地底の使者たちが黒い布にくるまって現れる 翼ある怪物に騎って紫の水流を渡るもの 心臓の形に切り取られた鳥瞰図を作成するもの 王蛇科に属するとぐろ巻くものの飛行のような 華やかな光が点り次第に濃厚な色彩を映し出す 使い魔たちは三種の得物を携え僧服から頑丈な貌を覗かせる だがこれらの舞台を領する幻覚は砂粒ほどの大いさである 脳髄剥離はこのときなされていたのであろうか 夜の充溢もしくは性器のようにべろりとした薔薇 楽園の悩ましい匂い 空想物語の奇怪な言葉は秘密の裡に次なるシレーヌを誕生させる 満天の星は薄汚れていた 左腕を折られた酔漢が地べたに伏していた 貧血の靫蔓うつぼかずらの巨大な袋から夢の液が浸み出ている おおこの魔の薬草の素晴しい効用とは 端正な口許から白い犬歯をみせて上等のマントを小気味よく翻しながら一人の紳士が近づいてくる 鋳掛物の月が超大な棹を突き立てて祝福する 神降しの台座は太陽を身籠っていた そのあたりで羊水を貯えた鉱物が見出される それから十と三つの断崖に括られた誘惑の堕天使が鳥肌をふるわせ想い出を託して細い声で唄う のっぺりと白い渦が耳鳴りを伴って浮游する 洞窟や耳朶さらに書物の花冠へと幻聴はどろりと紅潮した旗を振る そうして下腹部に矢印の尻尾を生した僧職が澄み切った星空に酒気を放ってゆくのである 険しい霊気が訪れる 呑屋で高尚な話をする奴なんて嘘っ八だ およそ大嚊をかくべきである その昔天体配置図には目玉が抉られていた 図版には神々への傾斜と階段ピラミッドの比較が示されている 玲瓏な泉は飛蚊症に罹っている 星座を受胎した金属はその滑らかな水面から露出する 毛を帯びた風が飽和状態の樹々の夜を掠める 灼熱の責苦に苛まれている亡霊の唄が草の根を分け寒冷の地表を渡ってゆく 十文字に隊伍を組み抛物状に瑞々しい翼を散らしてゆく白鳥 だがその鉄錠にも似た羽を貫き葬祭の塔は燦くオーロラを寸断しイム=ホテプの叡智のように気高い白夜に聳り立つ おおなおも見上げると不凍港の明けゆく天の辺を銀色の鰈が這い廻っている 淡水の海で足首が泳いでいる ブロック塀をぶち抜いて右拳は砕ける 有史以前の獣を網羅したパピルスはあの洪水で紛失した 男とは器だ 女とは鏡である ああ空洞の楽天地の紡錐形の分裂直前の太陽の双生児の眼窩の子宮状の太古の花の糸滴から飛翔する星雲の楕円の航海図の秘蹟の出血よ とどのつまり唾された単調で急速な祈りの条りにおける頭脳の反転 眼鏡が宙を舞う それから朝までの長い威嚇 視神経には封印がなされている 古代の人生観を語る猫目石 やわらかな伝説の奇石よ あの石猿は蝸牛に喰れていた 氷河期が文明を呑み込む オリハルコンは吸取紙であろうか しなやかな食虫花の茎こそその証拠である 食欲とは精神の骰子投げである 棘皮を生贄にした個体伝承は続けられる 人体の並ぶ天末線に雲が湧き気象台に次々と不吉な知らせがもたらされる 昆虫は繊細な翅を見込まれラジオの役目を果す もんどりうった拍子に右肩が切断される 肝臓や舌などを切り裂き奥まった十二方形の十二室にそれぞれ備えられた鍋の中に十三番目に給仕される礼拝の煮汁が漬っている 林檎とレモンや各種スパイスを盛り込んだソースに浸されているのは羊の肉である 聖餐の時刻が近づいている 廻廊に敷きつめられた天鵞絨の弾力層のうすびかり ロリエの香りが発している 子供たちはおもちゃ箱の中で契っている 玩具とは水晶体を真似た呪具だ おお沈静の中に硫黄の烟とともに鞏固な柵囲いを越えて忍び寄る悪徳の影 善行に励む蛭が素早く察知して吸盤を開く 預言者は失神する 不義密通は蒼白な聖体によって推奨される バターの脂がたまらない そのとき暗がりから下唇をひきつらせた妖しい首が浮ぶ 神託が宣べられている おおそれは数千年の間猿轡を噛まされ蝋燭の巌に鎖で括られていた女の真紅の唇 大いなる交接の器具よ なんと螺旋宇宙の栄光の襤褸の中は駝鳥の足指ほどのペニスであった 木菟みみずく・鸚鵡・烏・蠑★外字/虫へんに原★・黒揚羽の黒焼の屍衣を纏った瀟洒な舞踊 酒宴に酒がないというのはおかしな話だ 小憎らしいバーテンよ 急いで美酒を誂えろ 禁断の鬼火飛び交う魔の淵で 膿の発酵する沼沢に咲き毒茸と共生しているマンドラゴラが肴になろう すると円錐形の建物の頂で半熟の文字卵がきらびやかな口腔を開ける からから笑うその奥に鉛のように重い呼吸器が見える 漏砂のような愛 肥桶の底で蹲る純朴な天使たち 胸を貫く劫罰よ 柄に鞣皮を巻きつけた黄金の剣こそ切っ尖鋭く時を支える振子である 腐った海産物が黎明の食卓に盛られている 貝殻を盗んだ失寵者は行き止りの街路へと逃れてゆく 前途を妨げる五六人の若者を薙ぎ倒してはみたものの一本道で曲り角を間違える 正統な嫡子とは墓場への案内人だ 丘の公園から俯瞰する港は靄の中に封じられている 茸のように艶しい花弁から赤い毒液が流れるともう親密な明方である そよそよと光が走る 鉱物の中を游ぐ花 王冠を戴いた蛞蝓なめくじがあぶくの裡に匿される 滴のように垂れ下った単眼を嫌って巻貝は胎児を追放する 中央に三つの孔をもつ球が毛羽を戦がせ太陽へと向う 平穏な日輪は癌細胞であった 神秘な微笑から洩れる鎖状球菌が健やかな朝を放擲する 錆ついた宝物庫に腸詰がぶら下り至る所の余白にはなにものかの血が供されている 奥付に巣喰う黄金虫よ 書物は何処に展げられているのだろう 失明を招ぶ薔薇鉄条の夜々

(初出 詩誌『地獄第七界に君臨する大王は地上に顕現し人体宇宙の中枢に大洪水を齎すであろうか』第2号 略称フネ/昭和50年刊/発行人・紙田彰/初出誌では「連作詩篇 魔の満月・第三部」の一 1975)
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