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Note 132 ソウサク (sig.n19) [ RESPONSE: 8 of 9 ] Title:作品:ハワイ通信 Date :10:37am 5/ 4/89 From: pcs00372 (直江屋緑字斎) 旅行記後日譚 ひゃあ、寒い、寒い。 日焼けの肌にはこの寒さがこたえます。(^_^) エアコンを暖房にしました。 雷はなるし、雨は降る。 まさか、入梅ではないでしょうね。 そこで、一場の怪奇話を。 帰宅してみると、なにやら得体の知れない不吉なものが部屋の中に澱んでいるのが感じられた あちこちのカーテンは、もちろん長期間の旅に出ていたのだから閉め切ったままだ。薄ぐらい部屋には厚い壁にこびりついていた冷気が潜んでいるのだろう。 道具の置いてある一室に入り、旅に持っていった重い機械を投げ出すと、この不穏な気配の原因は、なぜか、この部屋のどこかからもたらされているように思われた。 この部屋の祭壇ともいえる場所に置かれているのは、いくつかの金属の箱である。 もしかすると……。 隣の部屋では、突然の冷気に襲われたワイフが熱いコーヒーを淹れるために、高カロリーバーナーのレンジ台にケトルを乗せている。 湿った温気が暗い空気を伝わってくるような気がする。 ふと、後ろを振り返ってみた。 誰かが肩越しから覗いているような気がしたからだ。 誰もいるはずはない。しかし、壁と自分との間の空間を、確かに何かが、それも束の間の未来を奪い取ってせせら笑うような胸苦しい気配がよぎっていったのだ。 旅の疲れなのだろうか。時間のずれというようなものがもたらす、反射神経の鈍麻した麻痺感なのだろうか。 いや、実は持っていった機械の働きぶりを確かめてみたいというような軽い気持ちだったのかも知れない。 祭壇上のいくつかの箱の中の、小さめの箱の灰色の部分をそっと押してみた。 いつもと違う、ガガ、という音がした。そして赤いランプが点り、すぐに消えた。つづけて、いちばん大きい箱の電源も入れてみた。 引っかかるように、また、ガ、ガ、という音と赤い点灯があって、しばらく何も起こらない。 不安な感情が涌き上がってきた。 キッチンの方で、ケトルの音が怪鳥のような気味の悪い叫びをあげる。カーテンの隙間から稲光が入り込み、祭壇の機械類の無表情な冷酷さを際立たせた。 そして、落雷の音……。 ディスプレイが反応した。 ディスプレイの上部から呪文が右に流れ、数行の欧文が現われる。 しかし、それはVXに内蔵されるBASICのものであった。いつものMS-DOSが立ち上がらないのだ。 これは、どうしたことだ。一瞬、恐慌を来しそうなほど心臓がちぢみあがった。 何かにとりつかれたのだ。いや、時差ボケで悪夢でも見ているのか。 リセットボタンを何度か押してみる。しかし、もはやハードディスクは無用の箱と化している。 電源を切るわけにもいかない。 ハードディスクのヘッドがリトラクトしているという保証がない。 このまま、つけっぱなしにしておくしかないのだろうか。 そのような、本質的な困難さとは異なるつまらない心配が駆け回る。 少し、落ち着いてから、ディスクベースでMS-DOSの呪文を吹き込んでみることを思いついた。 ドライブに、伝えられて3.3代目になる当家の魔法の書を捧げ、ロックした。 ハードディスクの不気味なランプが点滅し、ガガガ、という嫌な音、点滅が消え、さらにガ、ガ、という音と点滅、見馴れない、聞き馴れない、その光と音……。 稲光と雷の音。ケトルの叫びがふっと掻き消えた。本体も駄目なのか――。 なんとかディスクベースのMS-DOSは立ち上がり、本体は無事のようであった。 けれど、ドライブC:を覗くことはできない。アクセスは不可能なのだ。 ハードディスクがとんでもない事態に陥っている。 何があったのだ。 いきなり、ギャーン、ピ、ピ、ピ、という耳障りな電子音がする。 部屋の隅に転がっていた、子供のLSIゲームの時限セットされたアラームの音だ。 「ふふふ、どーお……」 低い、嗄れた女の声が流れた。 ぎくりとして、妖しい声の方に視線を向けた。 薄暗がりの向こうからゆらめく烟を漂わせて、ふらふらとこちらに近づくのは、旅に疲れてその影響が声帯や足元にも現われているワイフであった。コーヒーを運んで来たのだ。 そのワイフの表情が変わった。 「どうしたの、こんな暗がりの中で」 ディスプレイの青白いかすかな光を帯びた異様な女の顔が闇の中に浮かんでいる。 いや、ワイフの目に映るものこそ青ざめて立ちすくむ疲れた男の顔であるに違いないのだ。 とうとう、初めてのハードディスクのクラッシュというおぞましい体験をすることになるのか……。 もう、駄目だ、この祭壇は死の世界に囚われている。 これまでに育ててきたものが、死の鋭い鎌でその生命の源を抉られてしまうのだ。もう取り返しのつかない、身を引きちぎられるような瀬戸際に立たされているのだ。深い徒労感に打ちのめされて……。 もちろん、その写しがないわけではない。しかし、初めから育て上げなければならないという無力感は、堪えようがないのだ。 それは、ワイフにも衝撃を与えたようだ。だが、それについてはここでは詳細は述べない。なんとなれば、こけおどしが余りに度重なると事実の衝迫力というものが稀薄になるからだ(ナハハ、(^_^) > ****さん)。 そのとき、ストップキーに触れた指があった。自分のものか、ワイフのものか、それとも誰のものでもない指……。おぞましい感覚が背筋を貫いた。 しかし、その指の圧力でハードディスクのランプが反応したのである。 まだ、死んではいない。 祈るような気持ちで、もう一度ストップキーを押して、ハードディスクのランプが点滅するのを確認して、電源を落とした。ヘッドよ、リトラクトしていてくれ! おお、神よ、悪魔よ、お○○こよ!(どさくさまぎれに(^_^)) 悪霊の正体が判明した。 悪魔祓いが即座に執り行われたのはいうまでもない。 くねくねと曲がる長い管の先にブラシのついた御祓いの道具が用意され、祭壇は浄化される。 おお、アラーよ、仏よ、ラシュデイよ! あらゆる祈りよ、なんでもいいから届いてくれろ、えくぼはあばた。 再び、電源のスイッチを入れたのだった。 以前に聞いた懐かしくも奇怪な、カカカラララ、という音がした。そして赤いランプが点り、すぐに消えた。つづけて、本体のの電源も入れる。 引っかかるように、また、カル、カル、という音と赤い点灯があって、しばらく何も起こらない。 不安な感情が涌き上がってきた。 キッチンの方で、ケトルの音が怪鳥のような気味の悪い叫びをあげる。今度はアッサムを点てるための湯を沸かしているのだ。カーテンの隙間からは再び稲光が入り込み、祭壇の機械類の無表情な冷酷さを際立たせた。 そして、またまた落雷の音……。 ディスプレイが反応した。 ディスプレイの上部から呪文が右に流れ、数行の欧文が現われる。 そして……。 ああ、バッチファイルが連動し、旅行前と変わることのない、エスケープシーケンスをふんだんに使った飴玉のようなカラーの、当家に伝わる独特のメニュー画面が現われたのであった。 さて、こうして、また再びPCSにアクセスすることができました。 亡霊の正体は、埃だったのです。 サイドの空気流入口には綿ぼこりのようなもの、後ろのファンの空気孔には細かい埃がくっついていました。 これらを掃除機で吸い取ると、ハードディスクはなんとか元のように動いた次第です。 ああ、びっくりしました。 CHKDSKコマンドで点検しましたが、異常はありませんでした。 しかし、帰った早々の事態でしたので、最悪のことも考えました。 それにしても、掃除はこまめにしなければならないのですね。 とにかく、めでたし、めでたし、でした。 これは、昨日、PCSに帰国の挨拶を送る直前の怪事件でありました。 それにしても、後半は書くのが面倒になって、いい加減になってしまいました。 ごめんなさい。 しかし、一応、ほんとに書き下ろしであります。起きてすぐ書き始め、たった今書き終え、すぐ送ります。 緑字斎 Note 132 ソウサク (sig.n19) [ RESPONSE: 9 of 9 ] Title: Date : 9:27pm 5/ 4/89 From: pcsxxxxx (****) ハード・ディスクに埃とは縁起が悪い(^_^)。 かくいう私も、ハード・ディスクは密閉されているものだと長い間思っていました。 こわいこわい話でしたね(^_^)。 前頁 |