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詩集「魔の満月」 河図洛書

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河図洛書

低く垂れた倉庫のゆくりなくも満潮の迸り 月下の海面すれすれに増殖してゆく二重三重の扉 まるで真夜中の河沿いに閻浮提の空言が閉じられてゆく ひとがた狼の凍りつく矛の暗示 おお狡滑なる幻惑の逆しま だが前兆だとか予告だとかの幸福な烙印は落されていない 七宝陶器に封入されている書物のメモリアル 蔦紋様の暗箱に映る宇宙の空腹 それらの蓋付きの円筒に書物を潜むラペルが貼られている 視神経の傷ついた細胞のひとつひとつにもまた だがそのような博物学的な書棚の道筋にかつてないほどの索引が彩色豊かに蔵されてゆく 洋服箪笥を入口にした玩具の王国 天上圏に棲む魔の使徒ども おお穴と穴 おおそれほどの衍文 翻ってみれば家畜小舎を湿らせる脂 五芒星呪の小道具をそもそもの発祥にしながらゆけども弾条の微かな波形 密偵の暗躍する古着屋の通りを抜けて一軒の書肆を訪れる 枯葉を伴う渦巻がけばけばしいポスターを破棄すると木目が神秘主義的な模様になって現れる 少女が図書目録を閲覧する ウインクしながら聖典アペスタの所在を確める 莞爾として応答する異様に背丈のある若主人のかたわらでこれも背の高い美貌の細君が鏡を覗いている 石化した鏡の世界 しなやかに燃える火災現場の夜よ 墓場のせせらぎとは運河の名残である 青白い数百もの燭光を照明にして廃墟の伽藍がぼっと浮ぶ 闇に吸われゆく鍵の銀流しと地下室への階段 ドッペルゲンガーの徨う粗末な街路が拡がる その際で眩耀に充ちながら硬質の滑らかな表面に猟奇・錬金の淡い釉薬をたぶらかせて淫奔なる陶土の羅列が朽廃している 漆喰を好んで這い上がる架空植物の繁雑さは沈静などという俄仕立ての廻廊とは異り画布に塗られた難破図とともに無数の蛇を受胎している まさしく海底住居の前庭にあらゆる★外字/魚へんに而★のままただ一条の白線のたゆたひ 海胆から発する分泌海上の飛沫に埋れながら渦紋をなす怪鳥の群 糜爛をつづける生体の波間に死と誕生の溶け合った香料が供えられる 白百合と黒薔薇の遺愛に包まれた裸身の女神 おおその祝福すぺき刻限よ 造物主の首が刎ぶ 水底の葱や大蒜から交響楽が洩れる 書物の角はまだとれない 林立する朽木はなだらかに謫居されゆく真砂に均合いへたへたと堆積する この執拗な調整は脱誤の劈開面にみられる汎神論風土であるのか 諸子の青黒い呼吸器に見たててこれもまた衍文に過ぎない 寸足らずの異質な人物は消去可能だ 鏡によって構成される宇宙のとばぐちに朝月夜の刺青が美わしい 秋は回覧板とともに訪れる 切り立つ隆起に塞された淡水湖の岸辺で水平に幹を伸ばした灌木の茂みが重厚な濛気を漂わせている 黄色く反吐あげた西の空一面に棘を撒きながら白鳥が飛んでゆく 狭い間道沿いに清澄な潮を巡りゆけば銀色の腹を月光に翳してぴちぴちと魚の戯れる涵養の水域が拡がっている そこで年代もののコニャックを傾けよう ビール壜を叩き割ろう 足首の形をした灰皿は不義密通のある種の薬学理論によって捏られている なんぴとの記憶をも退ける警句・冗談のうちに恋人を求めて入水した少女の儚い伝承が残される モニュメントとは達筆な案内状だ 青銅の人魚像は疾うに孕んでいたのだから それゆえ茫漠とした悠久ではなく俄然明瞭なる輪郭を現し古代の景観を圧迫している 氷河期の吃水線は好色な分類表であるにしてもソロモン王の壜にはたして夢の材質は詰っているのだろうか 机上の頭蓋骨には一切の通信機器が組み込まれその楕円形の帽子に太白星の軌道が印されている まるで前世紀の巨大な建築物を嵌め込んだ羊皮紙の伝説のように 目配する数百のフランス人形のコレクションはさておき花柄模様の大陸移動の痕跡が鏡部屋の円天井に浮ぶ 賞味すべき巴旦杏に宿る世界聖霊よ 学究猫の首には鈴が肝要だ 判別できぬほどの惨めな打擲を与えよ 強化硝子を滋養にして育つ茸よ 見事な毛並を逆撫でし吸い殻のように加筆せよ 瓦礫の割れ目ごとに刻されたものこそ理法を越えた暗号 アマルガムの突飛な夜 火の球からこぼれおちた地球 振子に装備された殺意と兇器よ 海底に遺された幾何学的な通廊が透明な大理石を皮切りに失われた王国を悼んでいる 咽喉仏は呪縛の突端である そこには船具などと等しく粘膜を防護し毒物を吸い上げる乳白の液体が塗布されている だが牡蠣の殻に刻まれている象形文字はその近傍独特の食肉海藻の所在を秘している 氷点下の海流のうちに熟す果実は黄金の唾液をしたたらせる それゆえ一層濃度のある塩水が湧き出るのだ 塩分に限らず鶉斑のあるものの浮游 天鵞絨のように横たわる大陸棚は文明の遭難現場である 古代都市を戴く大河 赤土に塗れて出生の源へと馳せてゆくのか おお地図の鼻孔よ 壜の中に突き立つ首よ 鞭毛の一面に植わる胃壁の海岸から一海里離れるとそれらの亀裂を隠匿している大陸棚の底から分泌腺のすさまじい破裂音が轟く 衒学的な大陸を頭脳のうちに建立せしめて出生の源へ翔せ抜けてゆこうとする人非人・ひとでなし・ひとがたの夜空は果して満月の奇怪な実験に展かれるであろうか その累々たる歴史的な土壌形成とは塩分結晶の何という建造物 また山脈と海とを分つ綾羅錦繍のなんという母胎 だがその裂目に厖大な空洞を造り数億に及ぶ痛点の網羅に侵蝕してゆく頭足類 おお眩暈と嘔吐の灼けつくような紺碧の天空に石炭袋のあの滲みが連鎖しながら訪れる ぴかぴかした液の中で硬化する腔腸類 宝石箱をひっくり返しての乱痴気騒ぎ 海底住居の中枢にはいずれも光彩を除外した佯狂の乱舞が施術されている 紙片に紙片を幾重にも挿入してゆく おおひときわ雄大に聳え立つ古代文字の精製塩 骨盤は疾うに神々に逼迫している 絡み合って海溝を迷路に化する屈折率と半植物の図解のほころび 視力検査表に貼りつく獣神は外套の背後に不吉な命令書を縫いつける それというのも屹立すべき火山帯がメピウス環のようにあまりに永劫の饒舌に拘泥しているからではなくそもそも種の起源に関与する信仰と法制化がドームの中の酸素消費の度合を三拝九拝にしたからである したがって石灰をその素とする海中は今や雪崩である

(初出 詩誌『地獄第七界に君臨する大王は地上に顕現し人体宇宙の中枢に大洪水を齎すであろうか』第2号 略称フネ/昭和50年刊/発行人・紙田彰/初出誌では「連作詩篇 魔の満月・第三部」の一 1975)
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