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0 | 詩集「魔の満月」 詩篇 魔の満月 |
憧れて風雪数千年の都市に至ってみれば今まさに時代は肛門期である
半身が獅子の乙女を殺めた秘法は肉に刻まれた奇怪な符号に充たされているが あのアンティゴネエの父親における罪業は素晴しき知の畸型児として追放に価する 飛行場はこの危険な招待客に対して潔く閉鎖され 女神の座に腰掛けた彼の盲に対すると同様にきわめて慎重な態度をみせている エルドレにとって それゆえ唯一の標識とは 深い雪に匿された管制塔の内部に組み込まれている銀色の自働器械群の奥にどよめく 電子の世界を独特な装飾で律する不思議な摩擦音というべきであろうか 広がりを誇示し 豊かさにあふれることを示す白亜の巨大な樹雲に囲繞され 円形にくりぬかれたその土地を眺めて エルドレは人の子は空からの贈物に乗って不時着したというプラトン期からの伝承を想い起こす それは実に臍の形状である 多種多様な形や色彩さらに匂いや舌触りによってはじめてそれとわかるあの窪み また内部に引き込まれていった肉の筒の残骸 おお 彼の臍によって世界の内と外 始まりと終りは逆転させられているのだ それゆえに登場人物は物質の内部に秘匿されている非人称である エルドレはあの乾燥期の神の苑のことを思い出す 澄明なまなざしと無謀な行末に対する狂気とをあわせもちながら 聖地ラドルは底なしの沼のように円形にたえず沈下している一対の空洞と それらに挾まれた小高い隆起と またその丘に直角の方向をもつやや小さめの楕円形の洞窟を中心にして球体を構成している それら三つの穴は無限の力を秘めた恐怖の淵と称ばれていて 花苑はその周囲にまで拡がっている エルドレが特に好んだのは二つの畏ろしき淵に挾まれた小高な丘陵地帯である 湿潤期にはボウという帯状の色あでやかな植物がその一帯に隙間なく咲き誇り 恋人たちはその甘美な叢の胸の奥深くで浮游しながら交わるのだ それはまさしく誕生の大海原である その柔らかな渦の中で人々は栄光の輝く輪を与えられ 原生動物の快美な祝福に包まれる エルドレの脳裡を掠めるのは だが湿潤期の去った後に訪れる乾燥期のボウのことである ボウは恋人たちを母のように包んだまま綿毛状に結実して あのなだらかな それでいて最も高い丘がそのまま険しい断崖となっている土地を純白の丘に変貌させる それから徐々に あの忌しくも気高い両の淵に引き込まれてゆき ボウの丘にはちょうど聖地ラドルの外形にそっくりそのままの球体が無数にへばりつくのである 人々はその季節のボウの丘を転生の丘あるいは髑髏の苑と呼んでいる 地質学的に検討するならば その丘は人類の鼻骨が進化にしたがって高くなるのに符合して僅かずつながら隆起している エルドレは操作機器を手前に引き寄せるとブリザードの中を赤い炎とともに突き進んでゆく おお何という悖徳(はいとく)が とはいえ近親姦の最たる狼男の史実に沿革家の優しげな唇が淫らな微笑を投げかけている これは白昼の文明を凌駕する冒険の悲歌となろう 広大な山岳地帯はまさに眼覚めんとしている 骸骨の踊りと称ばれている八千フィートの山がその最高峰である これを中心に英国式六角星形に蜿蜒と枝脈が伸びて 渓谷部にはそれぞれ特色のある六つの疏水が燦いている ああ かつて八千フィートの雄大さを誇らんとしていた骸骨の突端は だが神の意企を越えいでて己れの叡智をほしいままにしている族(うから)の野望によって見事に抉られているではないか はたまた六つの疏水によって大カルデラを六つの山脈に区画するとは 紀元前には金粉裸女の柔らかな爪が権謀術策に媚びている 神の治召(しろしめ)す古代暗号の全貌を解読する智性は秘密結社の悪徳に向けられた血の供託であろうか 倒立して地下に咲く植物の花弁は封鎖された舌の断面図に舵首を向けている 海洋は恐怖の羨望からは遠く隔てられ ただ狂気の星座を計量している おお寡黙なる荘厳さ 汝らは決して下僕の運命に甘んじてはいないだろう 大陸の都市には血統を押し流す大河川が横たわっている そのようにエルドレの目指す土地には飛行場だ まさしく亀裂 阿片常習者の呼吸法は東シナ海の喇叭(らっぱ)の形となる あの静謐なる八の字は尻軽な化学者どもから生殖器を引き抜いてしまう 彩色の夜とはいえ唯一の空洞である月の博学な呪縛は覇権に関しての調査資料とは別箇の緑地である 記念碑は だがどのような材質のもとに火箭となるのであろう 砂漠には王侯の同盟軍が到着している 闇には禿鷹も就眠する こんもりと土壌は隆起しながら出産は始まる 宗教史家や数学者 獣医律法者や地理研究者とりわけ天文学者や産婆 戦略家 植物図鑑の著者や紋章学の先達 錬金術士 遺伝学者また風土記編纂家 園芸家それらの長たる力学者 地質学者 設計家 医者 統計屋 生物学博士 系図学者さらには黒魔術の道士 光学器械の技術者 曲芸団の親方それから語学に精通している学匠派司祭 海洋博物館長それに物理学者 手品師 預言者 通訳そして参謀司令官が聖十字の怯懦(きょうだ)に付き添っている この崇高なる崖ははたして無痛分娩となろうか 人身売買は法制化される カシオペア座の幾何学的な鶏姦は探検家たちの主要な椅子である おお銀箔の海賊船 植物採集者の掌にはピラミッドの侵入経路が彫り込まれている 手首は首狩族の神格だ 象牙色の壁に吊られた渚の水彩画から迸る洪水によって その部屋の時間が碧の化粧をすることはないだろう 欲望に屹立する海蝕の尖塔 白鳥の群れる岩 船着き場では荒くれどもの唄声が太陽を串刺しにしている 眼を剥き出しにしているエルドレよ 純白の雪どもを裏切りながら圧倒するほどの極地の希望は何処の永遠に処せられているのであろう その乗物は不思議な微光に取り巻かれている透明な容器である 彼は六芒星の中心部に円く拡がっている人工の平原に突入する瞬間に これほどの憎悪 それも偏執的なある謀みを完璧な静寂によって示しているこの純白なる基地を一望に捉えている 全身は今や最後の圧力にひしがれ硬直している そのまま真っ白な闇へ埋もれてゆくのである 数時間の経過が絶望の深い睡りから頭を擡げ ついにはそこからエルドレを引き上げ徐々に彼の躯を癒していく ああ この新鮮な冷気を鼻孔に膨らませて最初の挨拶を六種の木霊の相乗し共鳴し合う中心点で送っているのは もう とうに雪に埋もれたフネを惜し気もなく見限ってしまった異郷の訪問者なのだ あの幾多の新大陸に漂着し 神と女王と肥沃な土地とひょんな幸運を祝福し 自らをこのような苦難に陥し込めた諸々の事情と何よりも神々を深く呪い ただ復讐の女神エリニュスに誓って土人のように逸物にまで彫物を施した船乗りたちが大地にその髭だらけの顔を埋めて接吻するように 一人の男が気違いさながらに雪の中でもがいているのだ この飛行場を管理している基地は荒れ狂う暴風と厚い雪の層と六つの方角に伸びた山々の内側でひっそりとこの様子を窺っている まるでそれが最大の敵意に相応しい歓迎の仕方であるかのように 数種類の立派な紋章をもつ結晶体が躯を蝕んでゆくのにしたがって エルドレは逆に冷静さを取り戻してゆく 滅菌状態には慣れっこなのだと言い聞かせて 食糧袋の隅に転がっている褐色の錠剤を口の中に放り込み舌の上で転がしていると濃(こく)のある重い甘さがじわっとと液状に拡がり それが喉の襞筋を潤して全身の血管が活発に収縮を始め 尻や爪先が赤くなるほどに火照ると まるで宙吊りの刑を受けたように十センチメートルほど躯がふわっと持ち上がり それから凧か風船のごとくに風に吹かれて広場の南西の隅に辿りつくという魔術が行われる 羊皮紙に認(したた)められた預言でもあれば幽霊どもがさぞざわめくであろう 三人の妖婆がいれば蛙とか蝙蝠とか尨犬の舌とか豚の尻尾や鶏の頭をぶち込んだ鍋を窯にかけてもてなしてくれるであろう だがそこは錬金術の工房ではない つるつるとした始まりとともにあった巨大な岩によって 猛り狂う吹雪をようやくに凌げるに過ぎない崖っ淵なのである エルドレは赤褐色に焦げつき硫黄臭のする地面に横たわる エルドレは緊急にこの地の住民に出会わなければ生命に重大な支障をきたすことを熟知している 広場の下に厖大な機械装置が設置されているということは不時着の際にその電子の唸りを導きの糸にしたのだから間違いはない そのとき地上にあらゆる生物の棲息している痕跡を認めることができなかったのだから それらは地下に匿されていると推測する だとすれば何処かにその入口があるはずだ 仮にフネを廃棄したあの中心点がそうであることも考えられる それならば とうに彼の到着は知れわたっているのだから あの最後の圧力に耐えたときに入口を示してくれたに違いない しかし あそこのみならず全域において未だに何の徴候もないというのは彼を警戒しているからであろうか 確かにあそこが入口なのかも知れない だが閉ざされた入口は開くことはない 扉はある種の族にとって閉ざすためのものでしかないのだから エルドレは絶望に充ちた確信に有頂天になる その確信の絶望に充ちた歓びは聖地ラドルで妹とともに味わった感情と同じである あのボウの咲き乱れる丘で情事に耽っていたときにその相手が妹だとわかった結果 エルドレはありとある愛の優しい腕から引き剥がされ 神々を呪い ただ激しく憎悪の金色に耀く精液をボウの丘に撒き散らしていたのだ 最愛の女は強い自責と悲しみの念だけで淫売のようにボウのほとんどの恋人たちの間に確執の種を植えつけていったのである 絶え間のない呪いと快楽の絶叫のうちにあの気高い七色の光はたちまち光を失い混濁し暗黒の帳を降してゆく エルドレは呪いの丘から逃げおおせた唯一人である 悔恨の季節が訪れ 幸福に魅入られているはずの聖地ラドルは初めて乾燥の悲しみに包まれる ボウの丘はやはり真っ白な綿毛に蔽われて眼光の底知れぬ中枢に吸い込まれてゆく おお 際限のない不幸と穢れを秘めて 聖地のコアはハデスの王とその三つの頭をもつ犬どもの下に悪徳の巣窟となり 再びあの美しき愛の媾いの丘は瑞々しい潤いに充ちた光り輝く大海原に還ることはなかったのである エルドレは最愛の妻エレアが妹であると知ったときにこうなることを確信していたのだ ああ あの優しき乙女が狂気の世界に召しいられたときに 何故ともに狂気と背信と悪徳の快楽へと沈み込まなかったのであろうか あの流されたどす黒い病の血に充たされた海の底へと |
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