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i - 1 詩集「魔の満月」 詩篇 魔の満月

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岩窟に刻まれた扉は開き戸ではない
灯影の妖し気な揺らめきにも似た地下への最初の踏査はとうにダイナモの白熱的な好景気になる
我が主人公“物質の幻惑”は古代史のうちをさまよっている
ポラリザシオンに関する諸々の作品行は すでに皆既蝕のただなかでペンギンどもとともに金環をみせて結晶している
百数十種の奇態な動植物の浮彫に装飾されている自然石
象牙製の角坏に巣くうグリュフォンやミトラ または爪先立ち両手を差し伸べるエロスを高々と頭上に掲げる勇者の宴は祭奠(さいてん)の頌歌をあふれださせている
おお これら象形のガーターよ
鍵穴や錠前や暗号もなく 重力のちょっとしたつりあいによって轟音とともに財宝を示すのは母なるイシスの言葉である
言葉はさらに言葉を喰いながら大いなる衍文に興じている
未来的な断言に憑かれている網膜反応は何という風呂屋の安っぽい鏡なのだ
火葬場の(かまど)の高熱状態へとなだらかな上昇曲線を遂げてゆく地面の火照りと 魚のような臭気を発する硫黄ガスが肢体を充分に浸してゆくと それに伴い エルドレの緑の望郷は寸断される
白紙の平原の縁辺はそれほどに鋭く剣呑な切り口となっていて 活動期の火山の証拠が叙述されている
だがそれもこの断崖を中心に数百メートル四方の凹凸の部分だけであり 右方の崖下には白雪に洗われた古代樹木 たとえば月桂樹の幹や枝が骨を剥き出しにしている
左側は漆黒の緞帳を垂らし 忌しくも危険な儀式を執り行う祭壇を思わせるように 鬼気凄々とした濛気が漂っている
そしてエルドレの真下では 茹だった血潮が炎を噴きながらどろどろ渦を巻いている
谷底のそれらの境界がどのような魔法によって織り分けられているのかは知る術もない
だがその妖婆の鍋底から弾け飛んだに違いない巨石は 火山岩でも火成岩でも ましてアルケミーの産物でもない
丸くつるつるとしてひとときの安らぎを与えてくれた巨石は 古代から宇宙の衰退を凝視ていた白亜の卵なのである
それは主の誕生とともにあり そのまま孵ることなくその悲しみを充溢させて石化したのである
石の周囲を歩いてみると歩数にして十三の聖なる数を得ることができる
表面には無数の図形と目盛り それに記号が細密に刻まれている
離れて眺めると神々の造りたもうた生命の種々相が蔓草の絡まりのように綴られ まさしくあの百科全書の扉となっているのだ
この北極の位置にはピラミッド型の小さな突起がついていて 雪の積もっている側から這い上がって覗き込むと数行に分かれたアラビア文字を認めることができる
これこそ名高い最初のアストロラビウムであろうか
表面を蔽っている雪の膜を払いのけると耳を(ふた)ぐような大音響とともに突風が襲い 谷底の灼熱地獄へと(いざなおうとする
エルドレは“黄金なる永遠の液体激しくも迸り”という第一行を読み取る
これはあのアル・ファザーリ父子の父親の手によるカシータの詩行に相違ない
さらに素早く読み継いでゆく
“××に夢の只中徨いて”
“魔の声音なるか酔いどれの××……”
そのときこの巨大な天文器械は千二百年の静止を破ってぐらりと揺れる
鉱炉の熱と渦の吸引力が崖の際を侵蝕し始めているのだ
卵石はだが一メートルほど転がったに過ぎない
まだ一メートルの余裕が残されている
エルドレは反対側の底に潜り込み 持ち上がった一メートルの球面を調べる
その面には“星の知識の書”というキリスト教徒の作成したアラビア暦表とともに放物面鏡や円★外字/土へんに寿の正字★鏡の図とが並べられていて 上方に“アルハーゼンの問題の単純化は世界の明解である”という命題が記されている
おおアルハーゼン
光学の父よ
眼球の発見者よ
なんというメールヒェン
匿されていた箇所は今なおぴかぴかに磨き上げられた平面である
エルドレは食糧袋のいちばん手前のポケットからネクトルの入った小壜を取り出し その中身を平面の細部にまで塗りつける
それからかじかんだ手で雪原に対して六十度 つまり謎の一メートル四方のぴかぴかの面に直角に対する穴を掘る
巨石はみるまに谷底の血の池と同じ色までに赤く膿んでゆく
地面がぐらぐら揺れ その裂目からは熱湯とともに激しい勢いで蒸気が吐かれている
侵蝕はさらに劇しく 執拗に次なる獲物を待ち設けている
エルドレは穴の中に潜り込むと真っ直ぐに岩を正視する
あのぴかぴかの箇所が正面に輝いている
何という冬眠
何という冷徹で静寂な磁力なのか
またそれゆえに澄明で永劫の底なしの智の泉と見紛うほどの透明な光が充ちあふれているのだろう
灼熱に燃え上がり いま巨大な火の星辰に膨れようとしているこの天球の裏面にナルシスの豊かな泉があふれている
その清幽の底から 驚きを顔中にあふれ出させたあの愛しきエレアが現れる
おお この驚きと驚きの 身をも引き千切る歓びと歓びの そして耐え難き悲しみと悲しみの相乗作用が一瞬のうちに生じたときに 扉の謎は明るみに出され エルドレは胸の裂目に封じられ その空洞へと羽撃いてゆくのである
聖地ラドルは塩水湖であろうか
諸々の(うから)がアメリカーリアの長い脚と丈夫な爪をもつ
海豹は悖徳の第一印象であり紫羅欄花(あらせいとう)や金蓮花の密生するゴム製保護具の(なみ)繁吹(しぶき)を冠る
眼がまず入口である
光は栗毛色から青色への跳躍 さらにオレンジの地中海的綜合へと結ばれる
海棲類の絶大なる栄光の輪に承諾された媾い
もしくは謀り事のとめどない満潮
言葉を仮りたメロディはいつしか波々を病ませ 水底の爽やかな藻や憎しみを封入した貝たちの上に妖しき緞帳を垂してゆく
そこにはアルバの粘土製模型やテルメズの彩釉陶器や また鉛の容器に載せられた甜瓜(まくわうり)が華やかに密封されている
紙上の運命と題する三面記事には警戒厳重な鉄道を二人の嬰児が転覆させたと誌されている
聖地ラドルの王であるオルリー公は長い白髪を背に垂し黄金のこれも長い鬚を逆立て 珍華な宝石をあしらった儀礼用サーベルを天に掲げて湿潤期の生命を(ことほ)いでいる
“終りは始められここより初めは始められる ぬかるみのこの季この丘は栄えある眷族の激動の嵐のために(しつら)えられ 永えの邂逅に則って 至福に充ちたこの日より半歳の間 この輝かしき威沢に喜びと涙と漿液をとめどもなくあふれださせよ”
輪廻の絆ともいうべきこの祝詞は果ても知れぬ神の代より引き継がれ 王の逞しい首には以前に流通させようと企んで頓挫したポッパーの金貨が罪の輝きをもって揺れている
叡智に充ちた眉間の広場また催眠の大通りは若く馨しい雌雄の高い鬨の声にわきかえっている
儀式はアルカナのまま七色に変幻する優しい叢の中で続けられる
ボウが神の光を浴びて嫋やかな茵をつくると その中に横たわる娘の七色の光沢をもつ髪はボウの魔力によっていっそう美事なものになり 娘はその長い柔らかな繊維を燦々たる陽光に靡かせ 惜し気もなく白い裸体を開き 聡明な水晶の眼を輝かせる
オルリー公の愛玩しているそれぞれ毛色の異なった七匹の猫が上気した深い緑の眼を大きく開いて進み寄る
ボウの七色の波がさわさわと揺れ始めると その奥の方からたたたたたたと次第に速度を増してゆく煽情的な原始のリズムが拡がる
王家の指環を管理するように長い尾をぴいんと突き立てて歩み寄る牝猫どもは 尻と口から甘酸っぱい匂いを撒く粘液をしたたらせている
そうして一斉に白い腕の娘の柔らかな中枢へ赤く怒張させた舌をぶらさげて挑みかかるのである
生後十七日目の幼児を盗んで人形ごっこやボール投げに用いたりままごとの材料にしたりした三歳の女の子のように温かな母の夢をみる
これは母性の夢の形象また花売りに女装して母親の営む酒場を訪れるトルソーだ
カランチョや狐や有翼のスフィンクスに混じって巨大な尻を揺すりながら 聖地の一方の守護者である真っ黒な象が灰色の牙を天に突き上げる
そのときオルリー公の屈強な七人の従者が大樽に封入されている秘薬を 口腔といわず眼孔といわず長い鼻の通路といわず尻の穴も含めてあらゆる襞の奥にぶちまける
おおどうだ
つぶらな瞳がいっそう優しく潤み 白い腕の娘の頭上に何ともいえぬ不思議な匂いを落として すでに大きく口を開けている母なる象の女陰がかの娘を呑み込もうと誘っているのである
誘惑の作法に則って激しく脈動する血節を腫れ上がらせた華奢な娘の首が 二つに割れた固い岩の柔らかな芯に吸い込まれてゆく
この光景に魅せられいたく感動したオルリー公は堰を切った情欲の虜となって 長い鞭のような舌をもつ犬どもと黒人とを相手に自分に課せられた儀式の一齣を存分に堪能する
ひと通りの悦楽が頂上に達しようとすると ボウの苑の最もぼんやりと霞んでいる場所からエレクトラム製の耳輪をつけたアンドロギュヌスのテラコッタが引き出される
人々はその台座の周囲に拝跪し特殊な振動数で作曲された讃美歌を唱う
ラドルの全貌が共鳴し 人々とボウの音楽が神聖な調和を生み 聖地の輝かしき秘法が純白の像の謎の箇所を唯一の輪廻へと結びつけるのである
あの若い王妃 白い腕のひときわ美しい巫女は人々にエレアと称ばれている
おおエレーア
エルドレは暗箱の冷えた洞窟の中で叫ぶ
その声のぶつかる向うから水晶のように燦く人物がまた叫びながらエルドレの方に駈け寄ってくる
かくして邂逅は異郷の地でなされるのであろうか
呪われた恋人たちは今や相手の躯に触れんばかりである
おお 悪夢はどのような精神作用の変化を促すのだろう
恋人たちがともに相抱こうとする寸前 胸と胸との間には非情な壁がきって落とされる
厚みのない極度に硬く氷のように凍結し透き通った壁
エルドレは硝子を通した向うに貼りつき絶望の眼を見開いている人物がエレアではなく エレアにそっくりの それも女ではなく男であることに気がつかねばならない
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