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詩集「魔の満月」 楽天地

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栄光は薄暗い小部屋の中で瞬いている はしゃいだ子供たちの頬に口づけよ 廻転木馬に跨りながら 河辺の遊園地はきらきら光る朝陽とともに健康である 妻の名を冠せられた橋を起点に禍の橋や粗忽長屋の棟を眺め静かな海に向って冒険の道が延びる それは母への精一杯の婚礼の挨拶である その昔工場から直送された麦酒がほろ苦くドイツ風レストランで蓮っ葉な商売女と一緒によく泡に濡れたものだ 山師どもの跳梁した時代 慟哭すべき略奪の季節よ 十九世紀の晨光の下で王の墓が開封される 爆竹が小うるさい銀蝿のように南風の中で鳴る 骨董品は蘇生し大理石の階段はゆらめく烟のように天空に紛れている AIを染織した花が咲き乱れ子供たちの真紅の血潮が雪化石膏の部屋に溢れる 石版の昏がりで幻の水晶球が素晴しい色彩の光を放つ 半盲の詩人にとってそれは高貴なる廟である 老婆が聖刻文字で印刷された入場券を売り歩く 甘い歌声が聞える 誘惑するのは誰か レ―スの縁飾りの付いた白無垢のドレスを纏う花嫁 あるいは祖なる四大から発せられた磁力なのであろうか 写真機のマグネシウム閃光のように早朝は寒冷の岸辺で顫えている 文明の頽唐期が脳髄の淵から書物の源に架かる綺麗な印相を残す 波止場に色とりどりのヘリウム風船が舞い上がる ミルク罐を抱えて駈け出す女の児 倉庫の重い扉や桟橋を舞台にしたギャングごっこ ときたま酔っぱらいが恐怖の嗚咽をあげる おお亡霊のようなほぱしらを傾けて船が出航する 廃液に充ちた海面は鴎たちの滑走路である 紙鉄砲を鳴らしていた少年の顔が蒼白の卵に変じつづいてべりっと破られる 光を浴びた魔鏡ががらくたの中で死せる海を映す 精神病院とは楽しき鏡張の迷路である そしてダイヤモンドが金髪の乙女を閉じ込める 密室はどの岩棚に匿されているのだろう 至る所で御婦人連中が鍵束の伝説に怯えている 切妻破風とは封印の一角を毀す不吉な呪詛である 屋敷は帆船に曳れて花散る岩窟に塞されてしまう 飴色の光茫を帯びた船は清涼な追風を受け何処へともなく流される 南極も夜 北極も夜 世界の透明な白夜 ジェット・コースターは銀色の車体を燦かせ遠い異国へと旅立っているだろうか 王冠の飛沫をあげ真白な波のモザイクにみられる断裁 寺院を中心に放射状に拡がる町はいかなる栄光の星を抱いているのだろう 煮込みの美味さは下呂と唐辛子の比率に求められる 劇場や寄席を擁する天下一品のワンダー・ランドは今や閑古鳥の楽園である 朝の氷の胸板で帝王切離の航路を往く船はことごとく生気を吸われ青い暗礁に至ってどんな夢をみるのだろう びっくり箱を覗いて子供たちの眼はガラス玉に変る 正装の夫婦がウォツカの栓を抜く 洋灯は蛇に転身する おお貞操の女神ディアーナよ 根太は航海術よりいっそう巧みにゆるんだ襞を押し拡げる 舌が黄色の酸液にまみれてゆく 船室を結ぶ通廊は甲板からはみでた静脈の分岐である おお凍結の寸秒に酔う ナイルの鷹を肩に侍らせ少年たちは猛獣狩りに明け暮れる 塩と光との配合で建立された門柱には青鬚の年代記が誌される (そんなものは一文の値打ちにもならないのだよ) 旋回する塔の鎖をひきちぎって目を覚した少年はどこのどいつだ いっそ石棺の悪魔に喰れてしまえ 胃を象った館は水質検査票とともに考古学者の手帳に封じられる 歴代の領主よ その顧問官 料理人 玩具製造業者 そしてなによりも不死の子宮よ 結託して婦女子の齢を数え上げるなどは失礼千万である 目を閉じよ 耳を塞げ あらゆる汗腺を絞れ おお雲を掴むがごとき眩暈のうちに織物が扮飾される 市民は誤植を愛す 焔のような記憶を抱いて失楽する 家具や調度品とりわけ蝶番を誂え鳴物入りで婚礼の祝に赴こう 白地に黒を塗たくる新聞のように しかし一段と豪華である (赤い空に貼られた満月とそれを斜めに掠める機械仕掛の蝙蝠が翌朝には純白の空洞に転ずる ふふんこいつは蝙蝠の屍を映す蝙蝠のもう一方の眼球に相違あるまい) 室内が縮む 花嫁の罪な喘ぎに歩調を合せ 道化師が通行人の笑いを誘おうと子供たちの脳味噌をぺちゃんこにする 飛白かすりの浴衣で薔薇色の肌を包んだ小意気な姐さんが立ち止りちらと流し目を呉れる 夕映が看板や橋桁を染めてゆくと小児無料開放の祝日は永遠に失われる 添景には回転飛行機が眩い 部屋が可憐に歪む 幻の聖霊受胎が夥しい 番人はひと声吠えあげるとくるりと踵を返し後足で土塊つちくれを蹴って銅像のように殺風景な夜空に溶け込んでゆく 侵入者にとって事態はどのように作用するのだろう 十九世紀の深更を告げるミサの鐘はプラネタリウムの天蓋を吊る紐とともにぷっつりと断たれる 内部と外部との攪拌はもはや終了する 扉は漆喰に蔽われ館から逃れることは能わない 事態の侵入という転末よ 緑の膨張する球ともいうべき船は荒々しい手練手管を弄して全男性を勃起させる このほこらとは何か アポロン神の栄光の漿液に充ちる暗黒宇宙の華英の如き部屋

(初出 詩誌『地獄第七界に君臨する大王は地上に顕現し人体宇宙の中枢に大洪水を齎すであろうか』第2号 略称フネ/昭和50年刊/発行人・紙田彰/初出誌では「連作詩篇 魔の満月・第三部」の一 1975)
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