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詩集 「strand における魔の……」

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棘という神話

館は一対の強靱な鋼となって合わさり、融解寸前の痴呆状態を弾頭部に充たし、空隙へ向けてのめりこみ、突き刺さる、神話の、やわらかな、棘。

うすっぺらな透明の膜。繋ぎ目のないつらなり。それぞれに対応する隣接部のうらがえり。暗黒を反射する極端な硬度。擦過可能な膜。鉱物の繊維。動物だけが持つやわらかな細胞、その戦意。異常ななめらかさ。光と光に属さないものをはねかえす表面。薄墨色の燃えつきた足には、船底に付着する赤い虫が貼りついている。吃水線に向かうにしたがい、灰色から群青に、空色に、乾いた白色になって、無色透明の鎖された尖端部分となる。ある種の分泌作用と思われる独特の油脂は、およそ表面という表面を粉飾する死の錆。また、この断層構造は棘本来のもつ浸潤という機能に侵される。そのとき、痛烈に表面を撫でる語は次のものである。インチキの夜。咽喉ぼとけの林。海。なによりも樹海。あの、視線の凍りつく、樹海。

樹木、あるいは樹木に付随する外貌をもつ数種類の植物。その大半は乾燥地帯での火の風、または湿潤地帯における乾燥の兆候として見出すことができる。甲殻類、そして涸渇。針と唇。極小の結晶体。角。光のように丸みを帯びた、角。棘は単独でも棘であるような集合によって、外部に対して外部であるという二重性を内部に対し重合する。

透明な尖端は光にそそのかされて、硬く、軟らかい。その尖は永遠に塞されたままであるが、半永久的に開かれつつある。そのことは、外部の外部に身を委ねつつある尖端が棘の内部に向かっているという逆説を、その尖端が剥がれ開かれていくという表皮そのものに貼りつかせることに似ている。

神話という船は十二本の枠組みで作られている。その内部には通路のない部屋がいくつか用意されている。船の尖端部分には船長室、頭脳と配置。質素な家具、調度品。首狩族のミイラのお守り。丸められた羊皮紙、航海図。掌の中の地球。だが、ここは外側の海、尖った木々の浮かぶ樹海である。そして、永久に夜であるべきやさしい液体。ときおり、熱帯性の乾いた風が、古い砂粒をこの部屋に運ぶ。

隣と呼べないような隣の部屋という鏡の迷路。相似形の空洞はまばゆく、壊れかけた扉があるばかりで、窓ひとつとてない。上下左右前後方の扉が無限に続き、手をかければそれらの扉のすべてが開く。そして、その向うには、またしても青銅の装飾のあるいかめしい扉。十一枚目の扉から先は触れることは不可能だ。そのうちに、過去をふり返る懐かしげな不安、危険、鎖された息苦しさ、ああ、鏡の迷路の数億の扉が心臓のごとく収縮を始める。所有と光、その光源、流れ始める渦。規則正しい動悸。密室。開かれた密室。臆病な蟹が迷い込み、息をひそめて這いずり回る。ここが機関室を制御しているとするなら、船内のあらゆる細部と中枢が入り混じり、そのたびにある種の疼きにとらわれよう。

簡素な館の簡素な地下室。自家発電機の唸り。重たい回転音の中から、わずかに聞き取れるホイッスルの叫び。咽喉ぼとけの部屋。水平に伸ばされた長い腕。医者のいない手術室には、数体の毛むくじゃらの胎児がぶら下がる。看護婦が、犬歯と爪で静脈の透明な皮膜を選別している。ガラスの破片のようにふぞろいに結晶している血液。棘々しい血の粒。室内そのものに溶け入る排泄物。おお、呼び寄せられた次なる言葉たち。延長、紐、白衣に穿たれた月経の穴、尻、これらの溶解する夜を生まれたばかりの胎児の管に注ぐ。

船の内部の船であることを記す家屋。故障の続発。鼻だ。空間の亀裂。甲板を三分の二ほど平らげる獅子のたてがみ。龍巻に裂かれる帆。葬儀に供される花輪。暦が狂いだしている。そう、ここが機関室だ。それゆえ、ここの六つの壁は透明な液体である。だが、見うべきは、首のない鮫の群。この部屋に封じ込められたサザン・クロスの星屑。そして、細い、巨大な眼。

食堂という繊維。両端が閉じられている怒号。壁という隙間、その洪水よ。円テーブルの中心の寂しさ。雑多な料理と議論とトマト・ソース。どろりとした純金の燭台。何代にもわたる、住人という影。そのアラベスクを賞味せよ。やわらかな食堂自らが、館の中を自由自在に滑りまくっている。

棘。こうして、棘は砂漠ででも、大洋上ででも、棘という棘に侵入していく。外部のものを包み込み、外部のものの溶け込んだ内部の液の中へ。棘の、棘自らの裏返りは、神話の船、もろもろの古代の……館へと。



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