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詩集 「strand における魔の……」

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眼の街

I 裂かれた眼球

うす桃色の襞すじに
街の景色が ばたばたとまり
モンシロチョウの
あやうい触角の叩く音ひとしきり
 あの日 深い欲望のうちに おれの陰茎が油を飛ばしていた
そそけよ その燃える夢の紙片
黄土色にうちしずんだ白目のやぶにらみ
ひくひくと 低い呻き声が
しだいにかさなり 日暮れの八百屋に
冷凍パセリの ぐったりした束

そのとなり
肉屋の店先に吊るされた
おれのロースの
赤い湯煙のとろりと沸きかえる
生唾のみこんで
一歩あるくたびに
西陽が突き刺さる

姉さん! おれは見たこともないあんたの名を呼びつづける 柔らかなベッドで抱きあったはずのあんたに秘密のキスマークを刻む 姉さん! あんたは生まれることのない盲のおれをいつも子宮の奥に匿していたんだ あんたはそのことを思い出さないために鋭い針金で入口を塞いだ 姉さん! おれの恋人 おれのカアサン おれの浅黒い馬鹿笑い 姉さん! 痛いよ あんたの肉がそそけて見えない みんなあんたの尖った強迫観念 悪性金属 むうっう 痛むよ 姉さん!

だから 闇
ぼっと浮かぶ裸電球の下で
おまえは胴か脚か長い鼻なのかと 警察官の職質
おれの細い眼の痕跡から
トマトソースのように垂れさがる
どんよりとした汚物
烏が啼く 烏の三角形の嘴から
呪いの花
あかぐろいホウセンカの種が
ささーっとふりそそぐ
じつは
眼線の崖っ淵で砕ける花壇

II 網膜のケバ

薄皮をラッキョウのようにむき
まっ白な熔岩が燃えている(流れている)
だから 魚屋で
生臭い女のひんやりした匂いを嗅いだのだが
フラワー・ショップの
五歳になる女児が ぎろり
あいそ笑いもそこそこに
ここにも おれの
鯖状の肺のブツ並び

眼の穴から盗まれてるんだ!

こまぎれの足のこまぎれ歩行
にぎり飯の中の心臓
ナメクジと膿のように
むしろ
まっ青な肺の両てんびん
鼻骨は眼の穴に根をもつ
三分百円の合鍵屋にたむろする酔っ払い
ネオンが吐く血の泡
赤い地図の切れ端をかきあつめる清掃車

おれの行く先は 高架をとび越えて
ケバだつ雲ににゅっと突き立った私鉄の駅

自動販売機のタバコの舌
厚く固められた骨灰に蔽われた花畑を
獰猛な幻の狼が狙う
その牙が噛み砕くのは誰の腕か
姉さん! 飢えた胃の荒れた粘膜を乾板にして 必ずやあんたの唄を写しとるよ ぴったりと

III 爛れた眼底

おれの脳髄はからからに飢える
そのとき
背丈の三倍はある巨大な向日葵(サンフラワー)
薬局のオートドア越しに
千本の根と一万本の触手を伸ばし するり
太陽は とうに子宮に呑み込まれ べりっ
磨き粉が 磨き粉が 光合成
商店街の中心にある踏切警報機の
正確な(ツエー) 音が肛門科の玄関をくぐる

姉さん! あんたへの愛はまっぷたつに割れていた 破れた鏡にはあんたの美しい毛の波々は映らない けれど姉さん! あんたへの愛はまっぷたつに割れていた

眼の穴から盗まれているんだ!

はたはたはたはた はたはたはたはた
キアゲハのアゲハのリンプンが
町内案内図の看板に貼りついて
裏側には
死体置場の狂い札がびっしり

姉さんの町の 姉さんの紙片がひっくりかえる
おれの眼の うすもも色の襞すじに
おれの透明な紙片がぴくぴく
おれの透明な紙片がぴくぴく



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