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影の山脈


  一、痕跡する朝ゆきの唄

痕跡する
老犬の宇宙吠え
指掏りの眼底から
単調の霜柱のふる……

朝ゆきの唄
見晴し台から河口へ下る
水銀の薄い層 また
星占いのふやける鼻先から
水底の沈み砂

展べよ 橋の蒸気し
狂える逃走 空放つ
火の仄かな身重 その
みちゆき者の熱い皮膜
夜の道よ!
紺碧の空ただよえば
重い葉の毒の洩れ 海の
彩圧層を ひときわ
繰りなす 拡がる視線魚
睡眠に軟骨を匿れ
瞼の切れ末に 日輪を
陥ちてゆく――

  二、光束の山岨ゆけば

光束の寄せ場に
盲点の羅列 耳朶裂け
地平線に汲み上げる陶土ひとかけ
夢に追ってゆくと
影法師のなだれおち
稜線を錐突けば 反射塔の
天果つ 息跡……

緋の山道
頬白の屍体 枝々を求め
山岨の月響く瓦礫を転げ
呪碑の倒壊の長い振音
目覚めるな 青いガス吐き
ゆくえに 飛跡の葛か

影が燃える 短い舌根の
急き声かすかに 山襞からの
返歌 そのとき 影燃えて
樹脂の ことあげ 深い霧
影燃えて 山頂を
連打する 朝の滴陽

青がかる
冷温動物の群死ね
夜の高い山脈越えねば
唾液におちる湖さえ
朽ちかけず 燦く擬眼の景色さえ
生き還ることのない――

 三、屹立の百合・実は死

屹立の高山植物群
おしなべて白くおしなべて発狂の――
球炸裂の遠い反響 日暮れよ!
と念じる 真紅の滝 純白の花弁
波つけるうす闇の凍りつく動悸
葉は重く 毒素撒けば
谷越えて 夢のふり粉
夜尽きて 鵯のはぜる肉殻……

 四、影の山脈染めて

影の山脈 乳色のしぶき
地に翔けて どこまでも薄く
薄闇の彼方にいつまでも消え
山腹をおろす吹き花さえ
染めあげ…… 葉擦れの放心
醒めた昼光  故郷の死刑図

掏り花の宇宙覗見
尾根を伝う野鳩の赤い眼の縁を
切り開いて 映せ 影の山脈
流星群に聳えて
火口から迸る 湯煙り
葉は葉擦れ 気圏を割る隕石

染める
割れ陽
割れ花 割れ月
割れ鳥 割れ声の
割れ星 割れ河 割れ空の
割れ割れの、割れ山脈に
厖大に裂けよ影の秘法

  五、影の山脈

死吠え
唄に揺れる夜の
痕跡宇宙を航路して
火の舌どりで翔け回る
ああ そこは灼熱の崖 百億の首
断続的に暮れかけの 百億の視線よ

耳朶流し
放流の魚ひかり
枝間に吊れる 蒼い霧
未明の朝の受胎を織りなし
陶器 瓦礫 兇器 瓦礫 さみだれ
覗けば 老人の歯のちらばる 山脈よ

噴出せよ 固形の死
星渉り 百合の虹反射
ああ 山脈の翔ぶ 海すれすれの
睡りにみちて 銀河の白い反吐流し
死の夢ふる 沈め陽の反照
影の山脈 道果て 無数
舌根割れて 翔ぶ視線
緋の影 影の山脈ゆき――


(c)1974, Akira Kamita

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