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唄の唄の唄
   ――天澤退二郎氏に


唄の剥がれてゆく
濡れ道に伸びる舌
澱みの星に 胸元あけて
白い首から発酵する
混声の空あげ
歯ならびの底うすく浮く
声垂らし 金箔の語のつづれ
舌根のひえた紫泡に
のみこまれてゆく 染紅の残響

移しの陰曲を
空洞の日なたに重ね
木蓮の劇しい山脈かすかに
しぶき しぶき 発声のうらがえり
乳白の盤 飛びこみ宇宙
その彼方 歪んだ雲へ
たそがれ浴びる

眼底の語の襞 ああ吸われ
葉脈の精汁を滴れる
尖角の舵一匹
こもる湿地の崩れ音
耳管にくるめる霧の粒
呑みこんでゆくひまさえみつけて
 ♪鬼の目おちて
  冥土の唄にひえびえと
  ああア お腹の首の声
  鬼の目七つ
  星珠ころげひえびえと
  お腹の お腹の 首の声
唄は剥がれて喉咽を埋める
こまかな海の切端に
稀薄なイリュージョンの色褪せて
底なしの過去 透明な陰唇
ひとことふたことみこと
そのときのぬるぬるした摩擦音は
語を急きあげる語
唄の剥がれゆく弔電に
見ず知らずの者の碧を呼ぶ
と 記されて
影を吐いて
星屑に繋げる
《挙げるトルソの斜孔に
 蛆虫のさらし糸が 激越な
 ことばに溶けながら
 ぶらさがっている宙を
 星座に 鋲打てる》
唄ぶりのかすれ
海底植物に注ぐ
彎曲の墓地の四角い空
貌の転がる呼び水のうすれ
濃密な しわぶき
甲高く 地の底に
吐きおとす

語の撒かれる血の畑作に
屹立しかかった風の
いつのまにか 発熱の
毛根をそよぐ
翔び流れるのは
舌ずれの唾液

ばらばらに殺がれて
時へ向かう時の皮質
渦をわたる眼のふち通って
ひえた下腹の水流

唄のずれてゆく爪跡の
柔らかな道端に暮れて
いまだ 日輪の翳ることばうら
そのうちに 精液をきらばめて
男色の刷毛が剥がれてゆく
暖気流にのって
咲き出してゆく蟲をこぼして

語の用紙を潤す
唆巡なんか むせた乳首の
硬い繊維に 腹くだし
黄金の固塊のどろどろした
水先に身を寄せて もう
帰っているのだ

家は 奇妙な野菜を飼っていて
朝のかすかな光とともに
酸い腐臭を漂わせている
背中の肉を盛り上げて そこから
醸成されるアルコールを
街の澱みに流している そこは
切支丹の教会堂で 赤い柱が
照り抜けて 異国の
空に郷愁をふりかけようとしているが
すでに うすく貼りついた氷の膜に
遮断されている 朝は
家を貫いて もう睡りこんでいる

(初出 『現代詩手帖』1973年6月号)


(c)1974, Akira Kamita

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