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浣腸遊び エネマ・ゲーム のための十干

 基本的には一つの混乱であり、その本質は一種の破壊的な錯乱であるようなものについて、私は語りたいと思っている。
 ――バタイユ「エロティシズム」(澁澤龍彦訳)

きのえ 。死のような不協和音。

翔びあがるのだ。肉体を研磨して、呪いのかわほりの如き、澄み切ったトラムペットの不協和音の空へ。

唸れ、逆巻く、完璧なまでの窪み。

方位。白亜の花畑のよどみに、純黒の おとがい

たこ。ひらめ。ひとめぐりのばね。

きのと 。太白の軌道に架かる胆結石。

造花のみだらな、ふりしきる雨。疑い深い灰色の犬の尾のみだれ。いっそう濁った斑点。

〈声〉の流通圏の急速な縮まり

水圧を耐える考察者の明け方、てんてんとあちこちの腐臭の尖ったにがみ。

おもい腹わたをひきずる。あの巨人の緑色の柔毛の撒かれた時、陽は月に、月は陽に、交換されて、つめたい嵐を溜めていた。

ひのえ 。労働は罪悪であり、夢が存在する。

日光浴の裸体にくっつく魔の使徒。ひそひそ声で、おまえの肛門の春を売れ、と言う。

酒荒の胃。そのむかつく波と靄の中に、眠りの時間を勃起する。

夢に覚まされることのなき夢の激しいまっくろけ。

ひのと 。火の鳥の人通りは助動詞の谷間。

すっぼり。すっぼり、滑らせて恋を炊かしめろ。うすい復讐の鏡一枚、片手にもたせて。

 さえぎる。さえずり声の一直線を、ふいに
 よけて、カラスアゲハとスズメの、人間を
 さらに進化させて翔ぶ、翅の謎めいた
                  ふん
                 夜だ!

つちのえ 。つづめて言うところの“げえっ”。

味覚の苛苛な襞、膜。ねっとりと硝子の裏の闇の屁。

有卦にあたる魔王のほくそ笑み。領域願望の駒、緋の呪印をぼんとおされて、土の景色のはだける。

交体。時間の蟲のシャワー。

膣にまどろんだなんて、へっへっ、糞味噌。

つちのと 。辻の戸締り。

鍵。吊り首を胸飾り、一軒一軒の修羅場を覗き込んで、手淫するぎらぎらした蛙。

沼には沼通り。とろとろした毛の街道。円筒形の建物がつつーっと並んで、カレンダーがまっかな日付を反吐。

かんかんかん。夜の白み、熱い夜の硬い破裂音、汀に重なるふやけた海水。

かのえ 。翔ぶのは段階論、だから潜る。

梯子をいくつも昇る。昇った天は薨んだ水晶体。浮かんだ屍体は、うすむらさきの梟の反射音波。

アルミニュームの軟らかな穴ぼこ。燐のかるい酸臭の鼻をつく、その鼻孔に棲む白髪の老爺が、じつは追いたてられた神の滓。

かのと かせ かせ にまかれた舌。

単細胞。の唇、はらわた、尻の穴。イルリガートルで送りこんだ酒の、ことば変わり。

根の、こんこんとした吐気。ざらつく土、まぶし土の癇声のほこりを降らす蛾虫。

停電の舌を回す。と、湿った滑らかな夜の妖しい舞踏。幻燈さえもあわただしく。

みずのえ 。象牙海岸。

五メートルの丸木舟の側面に、まっしろな脚が三本、ほそいビニール紐でくくりつけられている。オールには、百人分程の、つやつやと黒いペニスをなめした皮が巻きつけられて、たった一人の、赤銅色の腹の膨らんだ児がひっくりかえって寝人っている。

風は濃縮された重水素の固魂で、だから声はひっくりかえって逆声になる。

オスはメス呑め、できるだけ。メスは会陰部が妙に剥がれそうだ。

みずのと 。見ずのとばっちりになまあくび。

もう。夜だから昼だから、早朝だから。意を決して、ざんぶ、水葬。壜づめの魔の気体、やや粘り気のあるゼラチン状で夢の獲物。

肉体は、訓練に重ねて、素粒子ほどに収縮し地球ほどに膨張しなければならない。そのためには、まず、肉体だけで空を翔ぶこと。

物理的に不可能だというなら、物理性こそ肉体の非現実性であるから、現実的に翔ばにゃならない。

水を蹴って、
夜間飛行の
魔の呪文の半濁音が。ぱっぱっぱっ。


(c)1974, Akira Kamita

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