〈火〉の装飾性について
――父が面会にこないのはぼくはそれなりに分かりますし、それが父の闘いだと思っています――
森恒夫「吉野雅邦宛書簡」より
パダーンの葬列
焦げる海
紅いろに蝕む カーク島
I、沈黙の塔
死の憑く
舌から迸る棘
鳥の黝い群が
岩壁の巣に
褐色の
肉片
を
貯える
巨石の尖塔から
青い羊が転落する
パオマ酒
……永劫の陶酔
王女ハイアンの十三ヶ月
涸れる 生が涸れ
死の醗酵が並びだす
拇指に薄く冠る百合の
乾いた花弁の
溶ける 匂いが
積み上げられる 河を
渡る 断食者の首から
七二本の糸を縒りあわせた コスティの
結び目が観察していた
三十年間で 屍体の
記憶が流れだす
イエズドの灰色の丘
手打模様の銀の首輪が
背教の徒によって
盗み取られる
その時に 丘から望める
イエズドの澱んだ街並に
きまって 甲高い
円屋根からの
鐘――
夜ともなると
女の骸を求めて
気のふれた傴僂が
徨い出る 砂漠の
赤錆色の月が 声をあげて
死者の霊を
喰っている
風と 危険な
翼のある種族に
掠められる 死肉
さらされた白骨に
地底から這い上がる
蟲類の 集団による悪事
脂は 当然にも
数少ない樹木の睡りを
助長する
羊水の
あふれる瞬間もある
孕み女の尻から
完全に乾燥した
アフラマズダが 誕生する
信徒が ときおり
発見して サドラを
与えるのが 定めである
〈聖なる一切を汚すものは自然の生理によって自然の汚濁へ還ることになる)
と 教典アベスタは
書き落としている
II、崩れゆく橋
四日目に
白い尾を曳いて 風の
吹き溜まりにあたる
二元論の橋のたもとに
至るというのが
ならわしであった
このとき
七才で入門式を了えた
少年たちが 恐怖でおびえたため
その罪で 終局まで
七才の永遠に
漂わねばならないと
いうことも よくあるのだ
原初に 穴
聖なるアポロンの島から
吹き上げる 霧の
散乱する 光源
あくまでも乾ききった風の
出でて吹き至る 呪縛の精神
精神が粉々に飛ぶ
太陽は 純粋の超空に
はりつめている
その底には
透明な額がある むしろ
不可視の大脳が呼んでいる
幻覚が襲う むしろ
幻覚の垂れ流しが 日常なのだ
それは 事実
粘膜状の呪文である 瞼が
はりついている呪文 夢が
呼ぶ 無機物の大樹林
星は集結している
穴だらけの膝をつき合わせ
巨大な腔腸動物に姿を変える
命令者アフラマズダの 実は
神経系統をこそ
司っているのが
この巨大な怪物なのだ
四日目に
己れのすべてを取り戻した
死は
ハイアンバドの巡礼の列を
眼下に一望しながら
〈焦げる海〉へ向けて
流れている
その時
分割する己れの意識が降る
死は ただ
量られる重量として
〈焦げる海〉へ向けて
流れる
己れの死が
腐敗を通じてゆくように
黄昏の赤い海面に
灼熱のどす黝い炎を吹き
アポロンの島全体が
蝕まれている
腐敗の炎に包まれて
彼岸へ昇る橋の 暗い下部
そこには 審判を待つ
死たちの 時間と
なによりも 炎の浸蝕をうけて
いわば 魂の持つ腐臭というものが
明らさまに示されていた
橋は まさしく
朽ちかけていた
巨大な腔腸動物の毛細管から
移住した 羽蟻の姿をかりた
悪霊のおびただしい野望によって
橋桁は だから
ほとんど 喪失している
ところどころに 昇りきれない
死が
ひっかかっているのが
確められる
死は
重さによって選別される
硫黄の霧の中で
天秤が揺れている
死は もはや
翔びたてなければ
橋を渡りきることが
不可能だ
III、審判
教典アベスタによると
〈流星が山の金属を熔かす〉と
ある
戒律の暴力的形態を伴って
自然の本質が開示される
薔薇が まず
燃え冬きる
金属性の棘から
炎の青い舌が伸びる
薔薇の生涯が
とどまることなく
燃え尽きる
〈王女ハイアンは水を求めて
死出の逃亡を続ける)
千七百年燃え続けた呪いの〈火祭〉は
まず 爆発によって
消える
不老長寿は
業火によって示される
万物の源である水は
完璧に燃え出している
七人の司祭は
完璧に火によって
追われている
沈黙の塔は
屍体の汚れによって
溶け出している
風は
火によって清められているが
渦を巻いて
吹き溜りに到達できない
〈焦げる海〉は
蝕まれた化石によって
炎をあげ
カーク島は まさしく
最悪の通気孔になっている
天国に架けられた
橋は 激しく掻き鳴らす
弦のように
喘いだまま
陥ちている
天秤は 無残にも
痕跡をとどめずに
気化している
アフラマズダは
カーク島そのものに
膨れあがって
紅いろの腐敗を呈している
死は のたうちまわりながら
火そのものを
構成しているかのようだ
火は まさしく
悪意に充ちた死によって
永劫を
手中にしている
教典アベスタによると
〈悪霊は地底に転落し 世界は
灼熱の業火によって舐め尽くされる〉
とある