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孤島

突然 浅間山の頂点に大きな日没がくる
なにものかが森をつくり
谷の口をおしひろげ
寒冷な空気をひき裂く
  田村隆一「見えない木」より

I

冬枯れ
濡れそぼる眼の窪みに
妖しく 瞠く
――おれは、畢竟、単独のエロス。
鼓膜を枝枝に吊り 月の孔に
葺かれる しとど
垂れる林道のふるい雨
森の水晶体・ひかり苔に拡がる 黄色い
呼気 潮の
撞き声に枯れる雪
――分光器から覗くと、枠寄せる火の繊維が括られ……。
弓なりの意志の一輪ざし
放物線のしぶく 波の

反動する波間にひき裂く 轟音
どこからの
浮游魂の毛一筋――

真向いからの夕餉
仄立つ白魚の活け
のぼり夢の切れ目
暮れかけの灰色の孤島へ
星を渉る樹林を
冠れよ――もう停まらぬのだよ
緋傘に
貼りつむ指の透明 うす髪の
淫らな絡め その
空澄 からすみ へ汽笛吠う夜 夜の
凍てぬく旋律地図の
軌道に外れる暗黒物質を
漂え

朝を抱きとめたままの 海の
投身 しぶくのは忘却の捨身
 呼び笛に余生を注いだ
 吹き抜かれて翔ぶ
 こぼれるままわきだそう 朝を
抱きとめる 海の
あけ 雫――
眼帯をあてて 岩棚の剥ぐ
瞠目の裸体に 太陽を透く
破れ葉の炎げる砂よ実崩れ
――厚い光の断層。
崖の尖端に括る 鳥の
開かれた屍体 白い
唄が聞こえてくる
――黄金色の眼球のなめし。
海の 全貌さえ
朱の斜線に染まる
もう V字に切れこむ夜の朝――

 照明弾が すうと
 海面をかすり
 遠い幕引き 爽やかな
 顔の溝に埋まる 断末
 底びかる砂の残像から
 融け出す 逃げ舟
 毛一筋で ひかり苔
 どこにゆくのか
 月への通気孔
――もう停まらぬのか

II

きれながの畑――
娘の繊い毛の道を辿る
穴の 縁続きに裂けて
耕やされたばかりの茎にはじく
水溜を褐色の花に吸われ
うす蒸気をくゆらせ 火の予兆
陽が 赤目の
毛細血管を温くめる 娘の
管管にからまれて 緑色の
反吐に染まる またたくまの
水平線の剥がれる屈辱――
 血の迷路よ
 闇吐きの放流よ
 攣曲する道は 崖の
 向こうに 突き刺さる
 かすかな悲鳴

乾いた蛇の巣跡
波音の苛立つ深呼吸
わだちの両端にぶらさがる
死胎児―― 小舎から
生えるどくだみ草の つる
転がる漂白臭または化石の頭蓋骨
ピアノ線がつるんと
すべる

 無風状態で
 塗られている壁 物怪など
 游かび 斑らな蜃気楼
 水晶をゆるむ塔に篝り
 赤赤く発情される蠎を夜景
 煌やまぬ埠頭からの鬩ぎ

反照を浴び 陽を
垂らす 畑の彼方
影がからまわり
地下生物の 浅い
睡りからさみだれる
死の音しずく
塩辛い気流の裂く
黄金色の眼の玉

III

鏡の玉を嵌め放尿する
甘酸っぱい純白の貌が流れる
雪片は うた にとけて灰ふぶく
――姦淫もしくは悪意の処刑。
冷えこんでゆく天の午後を
逐とせ 舌の顫える粘膜で
白骨 白骨 をぬめる精液
死瞳の口寄せによる 集団自殺
呪われよ 果てない
永遠に塞ざされて

 灼光の察知する
 双頭のデスマスクによる
 予言解読 何万サイクルの
 荒天による輪廻 だが
 神聖のかけひき ためらいと
 悔悟のつまびきによる 火の使徒
 燃える銀河に航り出す
 方位の閃光

島は
単つの瓦礫からなる
羽毛のそそる 永劫の白夜
無数の空洞から墜とす 水平線
乾いた水音の 昂い動悸
方舟にわく蛆 そのうちに
島全体の鉛を呑みこむような
熱い隆起 白い嵐の呑みこみ
大きく震動する 島の
中央の小高い塚から 娘の
うすもも色の肉を剥き出し 緋の
呪文を 空中に飛散
――宇宙は、縦割れ、蒼白に抜ける。そのあとに、光が粉々に砕かれた、跡吹き……。

島全体が 鳶のような
朱線を吐いて 空を絡めとる
島に無数の洞窟を結ぶ 娘の
はぜた股間から 半透明の
ひょろながい舌の 這い出て
むしろ 星をめざして
喘いでいる
言葉撞きの怪音波ともいえる
島は だが
斑らな群小の漂流の渦に
吸いこまれ
あぶく島の死体であった
――そのあたり、群れなす、うす赤の浮游魂……。


(c)1974, Akira Kamita

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