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小品


首どもの鎮魂

黒白の穴 とその
夜を一点によって染め返す白鳥の
化けた牝牛の如く 《火素》 が
粉々にすベり込む 死は見事なる醜悪の
枯草たるか 池・湖こそ続々と火だるま
柔和な眼尻こそ粘膜で羽撃きその薄皮に
鮮明な首どものぞくぞくする寒さ 言葉の
交わりをうまい具合に輝く地平線に乾燥す
る黒色の穴がのしかかる 静脈の如き夜の
流浪が悪意をつぎ足していくと背筋から双
頭の嬰児が顔を出す
陰画に映らないその首ども とその
黒白の毛並が 夜を一直線に剥き出しにし得
るか

凧糸

火が渦巻の如く 夜のそこかしこを噴出す
る 蒼褪めた奴の死体が真逆様に翔び抜ける
凧の如く糸を空になじませ 《極》の支柱に
由い手袋を叩きつける どうだ!
頭脳明晰なる諸氏には あ奴が足指を互いに
一本の白い糸により繋がれた双生児であるこ
とに思い至られるであろう 絶壁から
眺た棘々しくも華麗なる森林への一歩こそ
紛れもなく世紀の欲望に充ちていることを

分割する満月

何の飛沫か 水にしては冷酷な重質感
を軸にして放射状に拡がる《 クラウン 》 花
にしては過剰な媚態をあらわに風と玩
れる 何の事か 音楽家の冥想にしては 華
美な葉を植えつけて根が伸びる紙面の
網脈だったりして
満月(十五夜の青い直線)が産みおとす 紅
の死児 何の 運動 ムーヴメント なのか 旧制の楽器
のほそぼそ永遠に垂れる糸の旋律だと
か 死人に口なしの いりくんだ地図
よくある事だが 明方目の覚めた時にする思
い違い

花の話

紙の如く花が乾ききっている その時の
風は頭上から真逆様に落ちる季節だ
果物の類が
続々と押し込まれる口腔の
桃色の襞が
あわてて閉じる
発汗地獄の娘らの腕が伸びる それ
毒入りのインク壷が 道端に転がっている

雷鳥

血を分けた兄弟 から電報が胸に差し
込まれる ふと思いあぐねて 見
知らぬ住宅地でわけもわからず 振り
返っている電信柱が 地響き をたて
て闇に発射される それから小踊りして
眼と眼が合う兄弟が知らぬ素振りで散歩道を
駈け抜ける
笑い声が異常な事態に面して空全体に
映し出される 肉親を殺害した男は緋色のマ
ントを小気味よく覆えして
街路樹の中を透き通っていく

庭先から

壁を通り越して凝視る 日々の怠堕な計画
表が背中にびったり貼りつく 気配が
およそ軽快な行進曲の単調さを
《夜型》の性格に格子状にデザイン
する 彼の人は
生真面目な住人を喝す様な身振
りで ばしゃばしゃ 脂
を飛ばしている そのためか花壇が
黄色く変色して 無数の虫が涌き出して
陽もほとんど
腐蝕しながら 熔け出している
砕けた夜が沈み込む

暁の声

夜がその独特の顔を覆えしながら 蒼白な
朝がその異様な下着をちらつかせる
銃声が間断なく時を追跡して 気ままに
その糸を吐く その頃河底を舐める植物
の溶解した触手が交錯してちぎれる水葬
者の首が鋭い渦を呼び込んでいる
それらを結ぶ極彩色の花壇が網目を拡げつつ
千億の瞳孔で被写体を呑み込む
黄金の雲が人型をして
地平線を 翔せ上っていく
幕が降りるのは この時の開始による

磁気あらし

鳥の羽が地底の奥深い場所に秘
されている 極光がそのためそ
こで彎曲しているという がそれが
歴史学者によって記されたことはなく
ある物理学書のノートの隅に証明さ
れているという がそれが
ただの一寸ほども寒い地方の土壌を
改革したこともない
のだから その地底に棲息する小動物
は玩具の如くその優し気な声を もて
あそんでいる
流星がある晩 雷雨とともに穴から
抜け出していった


(c)1974, Akira Kamita

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